小説投稿サイト「オールスター」は、総合小説投稿サイトだ。トップページを見てみても、大人の恋愛小説からボーイズラブ小説、ノンフィクションの闘病記など多岐に渡った作品が見える。ここなら、私も自由に書ける気がした。
会員登録のページにたどり着いて、手が止まった。
「あなたのペンネームを登録してください」
ペンネーム……? 私の本名は、****。ああ、自分の名前なのになんだか懐かしい感じがする。夫は私のことをもはや日常的に「ママ」と呼ぶし、幼稚園の先生やママ友からは「カリンちゃんママ」。名前を呼んでくれるような友だちと遊んだのも、いつが最後か思い出せないくらいだ。
ともかく、本名を登録するわけにはいかないし。
と、考えているときにふと思い出した名前があった。桐生なぎ。中学生のときに、友だちと授業中に回し書きしてた夢小説のペンネームだ。合同でサイトも作ってたっけ。名前で検索してみたけど、もう当時のページは残っていないみたいだ。他にあてもないし、この名前でいこう。
自分が小説を書いていたなんてこと、本当に久しぶりに思い出した。全然才能なんてなかったけど、あの頃は毎日小説を書くのが楽しかった。好きな漫画のキャラと自分が付き合う話を書いて友だちに見せるなんて、今考えるとかなり恥ずかしいことをしてたな、私。
私が書くジャンルは……恋愛小説というほど大層なものではない。SNSにも書けない、友達にも言えない、ただの主婦の吐き出し日記。このサイトのなかでは……ノンフィクションかな、一応。
勢いで登録したし、3日坊主になっちゃうかもな、なんて思っていた日記だけど、結論からいうともう1ヶ月も続いている。
「桐生なぎの子育て日記」は、掲載開始から1週間後に「急上昇ランキング」に掲載された。
なんて、個人情報をボカしつつ綴る本当になんの変哲もない観察日記だったので、自分でも何がきっかけで爆発したのかはわからない。ある朝、起きたらマイページに数十ものコメント通知が届いており、
「外園との関係の今後が気になります!」「外園先生とのラブシーンが読みたい!」「外園先生のプライベートってどんな感じ……?」というようなコメントがついていた。
内田先生の魅力がほかの人にも伝わる普遍的なものなんだという気づきは、私を嬉しくさせた。
ただの日記、と言ってはいたけれど、読んでくれている人がいるとなるともっと喜んでほしくなる。
いつもコメントをしてくれる「minami」さんはエッチなシーンが好きみたいだ。
「陰蔵」さんはコメントはくれないものの、毎日17時ごろに読んでくれている。
「まさむー。」さんのアドバイスをもとに書いた今回のデートシーン、気に入ってもらえたかな……?
「桐生なぎ」としてのツイッターも始めてみた。世界にはこんなに物語を書いている人がいるんだ! そして、私もその一員になれたんだ。
読者からのコメントって素敵だ。私が書いたキャラクターで、文章で、熱狂する人がいる。
夫、娘、幼稚園のトライアングルから出ることなく日々を過ごしていた私は、新しい出会いに夢中になった。読む人を全員喜ばせたい! 反応をもとに、作品の形はどんどん変わっていった。
「桐生なぎの子育て日記」あらため、「桐生なぎのちょっといけない❤️子育て日記」の売りは、過激展開につぐ過激展開。コメント欄はいつも大盛り上がりだ。
あんまり性的なものは非表示になってしまうという噂もあるし、運営に見つからないように気をつけなければ。毎日更新を続けるとアクセス数が安定することに気づいたので、普段はカリンを幼稚園に預けた後、15時までに更新することにしている。次の更新を楽しみにしてもらえるように、毎回のヒキも忘れない。
オールスターに作品を掲載するようになって、幼稚園のお迎えの時間は「ネタ探し」の時間になった。今日は内田先生どうしているだろう……。ああ、今日はエプロンの下にタートルネックを着てるな。首が長いんだなあ内田先生は。
次回の更新では、「なぎ」が外園先生の首を攻めるエピソードでも入れようか。でも女性が積極的になりすぎると読者ウケがいまいちなんだよな……。でもこの首はいい首だから、どうにかして盛り込みたい……。
自分の思考が実在の内田先生から、次第に「いけない❤️子育て日記」の外園先生へとシフトしていく。
その様子は、きっと傍目から見ても何か感じさせるものがあったのだと思う。ぼうっと内田先生を見つめているわたしに、後ろから声がかかった。
「ねえ、カリンちゃんママ、ちょっと」
そこにいたのは、幼稚園ママの中心にいる仲良し3人組グループだった。3人とも小学校から高校まで同じだったらしい、生まれてからずっとこの土地にいる系の。
「カリンちゃんママって内田先生の本性、知らないんだっけ……?」
えっ、どういうこと?
そこまで親しいママ友ではなかったけど、3人の顔には心配と、好奇心と、親しみがまじった、それまで見たことのない表情が浮かんでいる。
その意図を聞き返す暇もなく、私はいつのまにか、地元密着のファミレスに連れて行かれていた。
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