コラム column

第十一回 有川浩と三浦しをん

「本」の世界を描いたラブコメが広大な読者層を獲得した理由

仲俣 暁生

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 平成の30年間は、出版産業が急速に市場を縮小させていった時代として後世に記憶されるだろう。だからこそというべきか、書店や古本屋、出版社や図書館など本にまつわるものを題材にした小説が数多く書かれた。これらをひとまず「本についての小説」と呼ぶことにしよう。
 「本についての小説」は、縮小していく本の市場のなかでもある程度のコアな読者が見込めるところがある。本屋にわざわざ行くような人は本が好きであり、「本についての小説」に共感しやすいからだ。この種の作品が大量に生まれた背景には、そうしたマーケティング的な計算も働いていただろう。

 だがその一方で、ベストセラーとはふだん本を読まない人にまで届く本のことだとも言われる。そして、平成年間に書かれた「本についての小説」は多くのベストセラーを生んでもいる。たとえば平成23年から刊行が始まった三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズは累計で680万部に達し、「国民的ビブリオミステリ」と称されるまでに至った。
 では、なぜ「本についての小説」は多くの読者層を獲得できたのだろうか。

 今回はこうした本のなかでも画期的と思える二つの作品――有川浩の『図書館戦争』と三浦しをんの『舟を編む』――を取り上げつつ、上記の問いについても考えてみたい。

もし図書館員が「武装」したら?

 有川浩は平成15年に『塩の街 wish on my precious』が第10回電撃ゲーム小説大賞を受賞してデビュー。続く『空の中』『海の底』も含めた三部作はいずれも自衛隊(員)が重要な役割を演じる作品で、これらを作者自身は「大人向けラノベ」と称している。黄金期の特撮テレビドラマの雰囲気をまといつつ、空前絶後の災厄が身に迫るシチュエーションのなかでも普遍性を失わない、若者ならではの凛とした心の動きを情感を込めて描いたこの三部作が高く評価され、有川は作家として確固たる地歩を固めた。

 こうした地盤の上で、思い切り羽目を外して楽しんで書かれたように思えるのが平成18年に刊行された長篇第4作の『図書館戦争』であり、同作で有川浩は本格的にブレイクした。以後『図書館内乱』『図書館危機』『図書館革命』と続くかたちでシリーズ化され、マンガ化、テレビアニメ化、劇場アニメ化といったメディアミックス展開もなされた。同作をきっかけに、これに先立つ自衛隊三部作も多くの読者を獲得したに違いない。

 『図書館戦争』という小説は「図書館の自由を守るために、もしも図書館員が実際に武装したら?」というワンアイデアから生まれている。
 この小説の作中世界では「メディア良化法」という表現規制法が存在しており、法務省は同法を根拠に各都道府県に武装した「良化特務機関」を設置して「全てのメディアの良化を目指し、公序良俗に反する書籍・映像作品・音楽作品などを任意で取り締まる権限を与え」ている。そしてこの特務機関は重武装しているのである。

 レイ・ブラッドベリが『華氏451度』(「本についての小説」の古典である)で描いたディストピア的未来社会の「焚書官」(新訳では「昇火士」)を思わせるこの検閲機関に対抗させるため、有川浩は「読書の自由」をあくまでも守る立場の図書館員にも武器を与えた。それが「図書隊」である。
 日本図書館協会が策定した「図書館の自由に関する宣言」という図書館員が守るべき綱領が実際に存在するが、『図書館戦争』の舞台である(昭和の次の元号とされる)正化31年の日本社会では、それが図書館法の条文として正式に定められている。

 図書館法第四章 図書館の自由
 第三十条  図書館は資料収集の自由を有する
 第三十一条 図書館は資料提供の自由を有する
 第三十二条 図書館は利用者の秘密を守る
 第三十三条 図書館はすべての検閲に反対する
 第三十四条 図書館の自由が侵される時、我々は団結して、あくまで自由を守る。

 その目的は唯一つ。図書館を守り、そのことを通じて「読書の自由」を守ることだ。図書隊はそのための実力行使機関だが、その立場はあくまでも「専守防衛」であり、良化特務機関に対して先に攻撃を仕掛けることはない。そう、図書隊はいちいち断る必要もないほどあからさまな自衛隊のパロディ的存在である

「読書の自由」のために戦う

 こうした基本設定のもと、虚実を織り交ぜた活劇舞台――日本の図書館史で重要な役割を演じた日野市立図書館を舞台とする『日野の悪夢』や、大宅壮一文庫を連想させる財団法人『情報歴史資料室』などが登場する――で演じられるのは、なんのことはない王道ラブコメだ。

 主人公は図書隊の一等図書士、笠原郁。身長170センチを超える長身の彼女は本を読むことが好きな少女だが運動も得意であり、いわば体育会系の「熱血バカ」的キャラクターでもある。郁の高校時代、子供の頃から好きだった童話の完結巻が出るが、この本がメディア良化委員会の検閲対象、いわば「狩られる本」となってしまう。
 この童話の本を買いに出かけた学校近くの本屋で、郁は良化特務機関による検閲行為を初めて目の当たりにする。とっさに本を隠した郁を特務機関員は万引き犯になると脅すが、さっそうと現れた「関東図書隊の三等図書正」の青年が図書隊に与えられた権限に基づき、検閲対象とされた本を救い出す。
 郁はこの青年に憧れて図書隊に志願する。そしてなんと図書特殊部隊員にいきなり抜擢され、さまざまな苦難に立ち向かうことになるのだ。ラブコメとしての構造は、自分が憧れている「図書正」が誰なのか、郁本人だけがまだ気づいていないという、いささかご都合主義的な設定にあるのだが、この小説が多くのファンを獲得した理由は、主人公を始めとするキャラクターの魅力やラブコメ的な面白さだけではないだろう

 『図書館戦争』に描かれた世界はもちろん、戯画化された架空の世界だ。しかしこの小説で描かれている「良書」の名の下による読書の自由への圧迫を、多くの人が実はどこかで感じ取っているのではないか。あからさまな検閲ではないにせよ、青少年健全育成条例などの法令が、読書の自由に対する一定の制約となっているのは事実である。「読書の自由」という原理原則のために戦う彼女への共感がなければ、『図書館戦争』シリーズがこれほど多くの読者の支持を集めることはなかっただろう。

「あるある」を超えたディティールの彩り

 三浦しをんの『舟を編む』も「本についての小説」のなかで突出した人気のある作品だ。光文社の女性向けファッション雑誌「CLASSY.」に雲田はるこの装画入りで連載されたのち、東日本大震災のあった平成23年の秋に単行本として刊行された。平成24年には本屋大賞を受賞し、実写映画化、テレビアニメ化、さらに雲田はるこによるマンガ化といったメディアミックス展開も行われている。

 三浦しをんのデビューの過程はユニークだ。大学卒業後、出版社への就職活動のなかで出会った編集者・村上達朗に見出され、村上が平成10年に文芸著作権のエージェント会社「ボイルドエッグズ」を立ち上げると小説を書くことを強く薦められた。小説家としてのデビュー作は平成12年に刊行された長篇『格闘する者に○』で、その後に平成16年の『私が語りはじめた彼は』が山本周五郎賞を受賞、平成18年には『まほろ駅前多田便利軒』が直木賞を受賞したことで小説家としての地位が定まった。

 『舟を編む』は作家として円熟した三浦が軽妙なタッチでのびのびと書いた、絶品のエンターテインメント小説である。『図書館戦争』の主人公・郁が本好きとは言え「熱血バカ」の側面もある体育会系女子なのに対し、『舟を編む』の主人公・馬締光也は「まじめ」という名が示すとおり生真面目でブッキッシュな文系男子として設定されている
 物語の舞台は東京・神保町にある玄武書房という出版社。ここで新しい国語辞典『大渡海』の編纂に挑むことになる編集者・馬締とその周りの人々との交流が、辞書編纂や出版界の「業界用語」をうまく小ネタに使いつつ、ほろりとさせる人情物語として展開していく。国語辞典はつねに新しい言葉を取り入れていく必要がある一方で、古い言葉の意味をその典拠とともに正確に伝え、しかも短い文字数で的確に表現しなければならない。その編集制作過程のディテール(「西行」という項目の記述をめぐるくだりや印刷用紙の「ぬめり感」など)が物語に豊かな彩りを与えていくのは見事だ。

人間の真実を描く

 この小説も『図書館戦争』と同様、一種のラブコメディである。主人公の馬締は早々に、部屋を借りているアパートの大家の孫娘・香具矢を首尾よく恋人にするのだが、その決め手となったラブレターの文面は(巻末付録として全文が公開されている)実に手が込んでいる
 作中で香具矢に「あんなに丁寧で思いのこもった手紙をもらって」といわせるほどのその手紙の(ごく)一部を、ここで引用してみたい。

 多くの書物に囲まれ、けれど私は一人です。伝わらないかもしれないという恐れに負け、自分からはなにも行動を起こさずに過ごしてきた報いです。
 このままでは私は、だれかと本当の意味で語らうことも、親しく触れあうことも、相手の思いを知り、自分の思いを知ってもらうこともできぬまま終わる。畢竟、書物がひとにもたらしてくれる喜びを、真に味わうこともできない。自身の現状を、遅まきながらそのように認識いたしました。そして、それはいやだと、私のなかで激しく声を上げるものがあるのです。
 勇を奮おうと思います。

 人間固無事
 白雲自悠悠

 この境地に至れるか否かは、今後の私の努力および、貴方の返答によって決まるでしょう。

 長い長い恋文のこれはごく一部だが、なんという名文だろう。ブッキッシュかそうでないか、文系か理系か体育会系などという区別が意味をなさない(ちなみに香具矢は「料理人」である)、人間の真実がここにある。そしてこのような真摯さ(とそのことが生み出すちょっとした滑稽さ)は、『舟を編む』の本文全体にも流れている。

 平成という時代に「本についての小説」が広範な支持を集めた理由は、ここにあるのではないか。『図書館戦争』も『舟を編む』も、どちらかといえば軽妙でコミカルな小説である。有川浩も三浦しをんも、もっと硬質な作品を他にいくらでも書いている。「本についての小説」を重厚に、玄人向けのものとして書くこともできたはずだ。
 けれどもこの二人の小説家は、その道を選ばなかった。まだ自分が本を読む側だったときの記憶、本を通して世界や人間というものを知り始めたときの喜びや驚きを描くため、あえてハードルを下げ、一種の「本をめぐるファンタジー」として彼女たちは『図書館戦争』や『舟を編む』を書いた。この2作に出会ったことがきっかけで、「本が読まれない」といわれるこの時代に本を読み始めた読者は、途轍もなく多いはずである。それはすぐれた小説だけが成し遂げうる偉業というべきだと私は思う。

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