コラム column
2019.02.21

第6話

「ずっとあなたの小説、読んでたの」

梶原 りさ

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前回までのあらすじ:
渋谷で開催された「オールスター」の感謝パーティーに参加したなぎは、いつもサイト上でコメントし合っていたクリエイターから直接作品への賛辞をもらい、戸惑いながらも感激する。
次の創作へのきっかけを掴めそうになったその時、偶然同じテーブルになった超人気主婦作家・「櫻川ゆら」とも名刺交換の機会を得るが……。

大それた夢

私とあなたは主婦という共通点があるかもしれない。でも、それってそんなに大きな共通点かな?
あなたの中に、物語は眠っているはず。それを信じて

櫻川先生の言った言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。オールスターのイベントはもう終盤。徐々に人々は退場をはじめている。

「あ、あのっ」

オールスターの運営の人と話している櫻川先生を、私は思い切って呼んだ。

「これからちょっと、お茶、いきませんか……?」

櫻川先生を守るように身をかたくする運営を軽く制しながら、先生は「いいですよ」とあっさり言った。「夜までやってるカフェっていうと、あそこがいいかな?」導かれるままに、私は会場をあとにした。

会場から歩いて5分ほどのカフェ。薄暗い照明のなかで、私は会話のいとぐちを探していた。勢いで呼び出してはみたものの、何を喋ればいいのか。櫻川先生はゆっくりとホットカフェオレをかき混ぜている。

「さっきは突然ごめんなさい 。小説を書き始めて、楽しかったのに……うまく行かなくなってしまったんです。子どもの世話も大変だし、夫は多忙だし」
話し始めたら、止まらなくなった。どんどんと言葉を繋げる。

「オールスター小説大賞への応募を決めたとたん、焦りで動けなくなってしまって。普段、夫と子どもとしかほぼ喋っていないた主婦の私が、こんな大それた夢を持ってしまうなんて、身の程知らずだったのかもしれない、なんて思ってしまって……」

櫻川先生は、カフェオレを一口飲んで話し始めた。

みんな、つまらない1日の中で書いてるんだ

「毎朝10時きっかりに、となりの家のおばあさんが掃き掃除を始める。夫と娘を送り出したあとのぽっかりした時間にその音を聞くたびに、『私のつまらない1日が始まってしまった』と絶望する。そこから逃れるために、私は今日も外園先生にひみつのメッセージを送るのだ」

それは、『いけない❤️育児日記』のなかの一文だった

「急上昇ランキングで見かけて以来、ずっとあなたの小説、読んでたの」

「読んでくださってたなんて……」

当然、書籍化やアニメ化してる作家さんだって、人の作品を読んだりもするだろう。
けれど、まさか自分の作品がプロに読まれてるなんて……。オールスターは、すごい場所だ。

「私が『やおよろずレストラン』を書いたのは、育児の合間にいろいろなお店のランチを食べあさったことがきっかけなの。お昼の1時間だけは、なんとしてでも時間を作って。それが私の唯一のフリータイムだった

櫻川先生は、すこし笑って続けた。

「その必死さが、『ランチタイムの1時間しか姿を現すことのできないあやかしの切なさ』なんて評価されて、今に至ってる。読者の大半は女子高生だって」

知らなかった。『やおよろずレストラン』では、京都の落ち着いた街並み、四季の移り変わりの美しさが繊細に描き出されていて、だからこそ引き立つ「1時間しかいられないあやかしの切なさ」は、わたしも大好きだった。

その裏に、自分と似たように育児に追われる櫻川先生の生活があるなんて、考えもしなかった

「主婦とか、女とか、そういうくくりは関係ない。あなたの中にある物語を、視点を、ありふれたものだ、小さなものだと卑下しないでほしいの」

そういった櫻川先生の声はとても優しくて、わたしはまた自分が恥ずかしくなってしまった。

コメントの重み

渋谷にホテルをとっているという櫻川先生とは、カフェの前で別れた。
駅に向かって歩きながら3時間近く放置していたスマホを見ると、夫からのメッセージがたくさん来ていた。

「冷蔵庫にあるタッパーだけど、どれを温めればいいの?」
「ひとまず肉野菜炒めにした」
「明日寒そうだから厚手のコートが着たいんだけど、どこにある?」
(着信)
(着信)
「こんな時間に返事ないなんて……お前今、何してるの?

どう返すべきか迷って、結局バッグのポケットにスマホをしまった。
内ポケットには、今日交換したクリエイター名刺がたくさん入っている。

まだ頭がふわふわしているので、ホームのベンチに座って、クリエイター名刺を一枚一枚見返す。
大きな鞄を持っていたまさむー。さん都会的な美人だったminamiさん陰蔵さんは、名前からてっきり男性だと思ってたら、大学生の女の子でびっくりしたっけ。

作品にコメントをもらうのは 嬉しかったけど、今日までそれはあくまでも「コメント」でしかなかった。
けれど皆、実在する人間なのだ。
それぞれの生活に追われながら、小説を書いて、その間に私の書いた日記まで読んでくれていた。

わ! 神! 実在したんですね!
僕は桐生さんの真骨頂はいきいきとした生活の描写にあると思うんです
ずっとあなたの小説、読んでたの

今日かけてもらった言葉を反芻しながら、気付いたら私は泣いていた。
鞄の中のスマホが震える。夫からの着信だろう。もちろん、出る気になんてならない。

渋谷の人は、ベンチで泣いている女など見向きもせずに通り過ぎていく。
それに甘えて、わたしは2本くらい電車を見送ってから、ようやく家路についた。

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