コラム column

vol.6

Q. どうすれば語彙力がつきますか?

海猫沢 めろん

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夏のおわりとともにぼくの髪も寂しくなり、排水溝に残されたのは秋の落ち葉と見紛うばかりの抜け毛です。
みなさんお元気ですか。海猫沢です。
ぼくは死にたいです。

戦うためにお金が必要なので仕事をします。
今回の相談はこちら。

語彙が増えると、表現の幅は広がるのか?

今月の相談者:トバさん(23歳)
執筆歴:半年
ご相談内容:語彙力が乏しいのですがどうしたらいいでしょうか。
小説を書いてまだ数ヶ月ですが、どうにも語彙力が乏しく書いているうちに同じ表現ばかり使ってしまって、なんなら癖のようになってきてしまい困っています。
表現の幅を広げるにはやはり様々な本を読んで学ぶことが一番なのでしょうか。

語彙を増やして、表現の幅を広げたい
この悩みは小説や文章を書く上で、よく聞かれることです。
文章を書き始めた頃は、みんな楽しくいろいろなことを自由にのびのびと表現します
ところが、そのうち自分の文章とプロ作家のものを比べるようになり、「俺にはこんな文章は書けない」と打ちのめされたりします。
そうです、ぼくにも経験がありました。
三島由紀夫や泉鏡花の小説を読むと大抵の人は「こんなの絶対書けないよ……」と思いますが、大丈夫です。
世の中にはぶっちゃけ、「えっこんなひどい文章なのに売れている!」とか「文章はしょぼいのに面白い!」という作品もたくさんあります

それを踏まえて、この質問に対する答えは3つです。

語彙を増やしたいならデジタル類語辞典
語彙力よりも大事なものがある
語彙力が必要な場面とは

順番にいきます。

『こころ』の語彙数は『恋空』以下

デジタル類語辞典というのはネットにあるこれです。

単語を入力すると他の言葉や単語がいっぱいでてくるので、これでいくらでも言い換えられます。

しかし、そもそも語彙を増やせば表現は豊かになるのでしょうか?
それを考えるうえで、ひとつ面白い話があります。

いまから十年近く前に、「國文学」という雑誌でケータイ小説が特集されたことがあります(「國文学」2008年4月号 特集 ケータイ世界)。
ここに掲載された論文に、面白いものがありました。
「ケータイ小説の表現は貧しいか」というタイトルで、夏目漱石の「こころ」と、当時ベストセラーでありながら文学的には軽んじられていたケータイ小説「恋空」、両者の平均文長と語彙を比較解析したものです。
普通に考えると、重厚な純文学である「こころ」のほうが語彙が多い気がします。
しかし、結果から言うと、「こころ」より「恋空」のほうが語彙が多かったというのです。

このデータから導き出されるのは、「語彙」が多いから「恋空」が優れているとか、「語彙」が少ないのに重厚な「こころ」が優れているとか、そうした優劣の話ではありません。「語彙」というのはひとつの道具であるという単純な事実です。

だから、ぼくはそもそも語彙力よりも大事なものがあると考えています。

見るものすべてを一回言語化してみよう

先に紹介した類語辞典を使えば語彙はいくらでも増えます。
しかし語彙だけが増えたところで、小説が豊かになったり魅力的になったりするわけではありません

相談者のトバさんの悩みは

表現の幅を広げるにはやはり様々な本を読んで学ぶことが一番なのでしょうか。

ということですが、そうですね、読むことも大事だと思いますが、たとえばアナログゲームをするのはどうでしょう?
アナログゲームのなかにはコミュニケーションや言語を使ったものがあって、例えば

ワードバスケット」>言葉のカードを使ったしりとり。
ボブジテン」>カタカナ語を一切使わずにその単語を説明するゲーム。
名前はマダない」>手前味噌ながらぼくが製作にかかわっている「世の中のあるある」に名前をつけるゲーム。

など、これらは言葉の訓練になると思います。

ぼくは一時期、日常的に見えるものをすべて言語化していくという訓練をしていました。
これをやってまず気づくのが、「道端の草木の名前がひとつもわからない!」ということなんですよね……。
でも、あえて名前を調べずに、形状や色や、自分がどういう気持になっているか、などを描くと良いと思います。語彙よりも観察力です。

あとは、文体レベルの問題もありますが、これはまず、レーモン・クノーの『文体練習』これを読みましょう同じ文章をひたすらいろいろな文体でかき分ける本です。
この本の日本語版とも言えるのが『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』です。

しかし。
身についてない言葉は、付け焼き刃感が出て、それが読者に伝わりぎこちない印象を与えます。

このリンク先の記事で言われていることは本当です。
「文章が奇麗に整う「語尾」「粒度」「補足詞」のこつ|ことばの両利きになる

ツギハギになってしまうのはなぜなのか。私が思うに、それは「ハイテク環境で才能を拡げたまま書いているから」です。自分の身体のようにちゃんと操れる文章を使いましょう。

というわけで語彙力よりも表現力のほうが大切……だと思うんですが、それでもやはり語彙力が必要な場面があります。
それはどんな場面かというと……。

プロでも悩む!「時代小説」「医療もの」「ファンタジー」の語彙

ぼくにはずっと前からこれだけは書けないな……というジャンルがあって、それが時代小説と医療ものなんです。
例えば江戸を舞台にした瞬間、そこには無数の縛りが生まれます
江戸というのは研究がしっかりしててかなりいろいろな事実がわかっていますし、言葉遣いや文化の研究もされていて、それをおそろかにするとすぐにバレます。
だから時代物はかなり書きづらい。
医者ものも同じ理由です。
ぼくはその世界の語彙を持っていないということです。

つまり、ぼくが思う語彙が必要な場面というのは、自分とあまりに違う人間、あるいは特殊な職業の人間を書く場合などです。
この場合、その人やその職業の人が使いそうな言葉や単語を使わないと、まったくリアリティが出ません
小説内で救急患者が運ばれるシーンとかで、

「患者の状態は……意識はあるな、うん。これは軽症だ」

よりも、

「搬送患者の状態をチェック。意識はJCSⅠ-1、血圧は120の60、脈拍70、体温36度、サチュレーションは99%……」

とかであるべきなんですよ(ちなみに上記の文章はとある医療小説の一部をアレンジしたもので、ぼくのオリジナルではありません)。
語彙というのはこういうときには必要になってくるんだと思います。

実はみんなが軽い気持ちで書いているファンタジーもこの問題をはらんでいます。
ハイファンタジーの世界はほぼ架空の別世界なので、あらゆることがこの世界とは違うはずなんです。トールキンが架空の言語まで作っていたのは有名な話です。ファンタジーを徹底すると、すごく敷居が高くなってしまう。
だからぼくは最小限のバランスがいいと思うんですね。

相談者さんの悩みは、自分の表現したい世界をきっちりと表現できる、ジャストサイズの言葉が見つからない……ということかも知れません。
誰にでも似合うフリーサイズの言葉ではなく、きっちりと自分にフィットする言葉。
それは日常的に自分の感覚を言語化することで身につくと思います。

本のなかのいろいろな言葉にふれつつも、自分の身体感覚を意識してみると良いのではないでしょうか。

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