コラム column

第4話

1文字も書けないまま過ぎていく、忙しい毎日

梶原 りさ

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前回までのあらすじ:
妄想のモデルにしていた内田先生が本物のクズだと知ったことで、かえって自分の中の純粋な創作意欲に気付かされたなぎ。
読者からの熱いメッセージに背中を押され、今度は完全オリジナル新作で「オールスター小説大賞」に挑戦しようとするが……。

書きたい気持ちが焦りを募らせる

書けない。どうしても書き進めることができない。
私は「オールスター小説大賞」の募集要項を閉じた。そろそろお迎えの時間だ。

次なる目標を立ててから一ヶ月。何度も募集要項を眺めては、閉じている。そのページは、小さな文字も含めて全部暗記したくらいだ。

恋愛、お仕事、謎解き、ジャンルはなんでもOK。文字数は10万字まで。つまり、「自由に書け」ってことだよね……)

「ネクストスターを募集!」という文言におどる心はまだあれど、その山を登るためのきっかけが全く見つからない。迷っている間にも連綿と生活は続き、時間はあっという間に過ぎ去る。書くことに夢中になっていた時には気づかなかった、自分の生活の制約にも、書くことがうまくいかなくなると、苛だたしい気持ちを隠せなくなってくる

6時半に起きて、朝食を作り、並行してお弁当作り。洗濯物を回す。7時すぎにカリンと夫を起こし、身支度。夫を見送り、カリンを幼稚園に送り、帰宅後は回し終えた洗濯物を干してからスーパーへ。夜ご飯の買い出しを終え、すこし原稿に取り掛かったかと思えば、すぐにお迎えの時間。ご飯、寝かしつけが終わり、落ち着いた時にやっと夫が帰宅。そこから夫に大人用のご飯を出す。

ひとつひとつは大したことないけど、終わりもない家事の合間に、新作の構想を膨らませる。「桐生なぎのちょっといけない❤子育て日記」は日常から地続きの物語だったから(もともと妄想日記だったので当然だが)、次はもっと、夢のある話が書きたい
とはいえ、櫻川ゆら先生のようなファンタジーを書くには、きっと取材などをたくさんしないといけないんだろうな……。とてもじゃないけど、そんな余裕はいまはない。
書けるとしたら恋愛もの……たとえば、オフィスラブはどうだろう?

忘れかけていた「あの頃の気持ち」

大学卒業後、携帯電話の部品を作る会社に新卒入社した。大手メーカーの子会社である勤務先は、きらびやかではないが自分のペースで仕事をしたい私には向いていたように思う。

夫と出会ったのは、東京で働いていた時だった。友人の開いた飲み会で隣り合わせたことがきっかけだ。「メーカー勤務の男性」として現れた彼は、顔がいいわけではないけど清潔感があって、物腰が柔らか。飲み会の伝票をもらってすぐに、遅れてやってきた人を少なめにした割り勘金額を皆に伝えるのを見て、「頭の回転がよさそう」と思った。

あの頃のことを思い出すと、少し心が浮き立った。内田先生に対してそうしたように、ここにさらなる願望や妄想を重ねていったら、新しい小説が書けるだろうか?

仕事の愚痴、業界あるある、長期休暇の小旅行。順調に交際を続け、2年がたったときに、夫の地方勤務が決まった。地方に工場が複数ある彼の会社は、若手のうちに地方勤務を挟むのが慣例だと交際当初から聞いていた。

仕事は楽しかったけれど、バリバリに働き続けたいと思うほど好きではなかった。特別できるというわけでもなかった。「若い事務の女子」としての賞味期限も切れかけていたし、内示を受け、「ついてきてほしい」という夫の言葉を断る理由を見つけられず仕事をやめ、結婚。新生活が落ち着いてきたころに妊娠が発覚した。 小説だったら、ここで「ハッピーエンド」となるんだろう。

「今日もご飯ないんだね」

専業主婦としての生活は、最初はとても楽しかった。広い台所で、しっかり手をかけた料理を出せる。東京の一人暮らしの時にはおろそかにしがちだった掃除も頑張った。夫の作業着やワイシャツを洗ったり、アイロンをかけたりすることに喜びを見出す自分は新鮮だった。

しかしつわりが始まってから、以前のように家事をこなせなくなった。シンクの排水溝から立ち上ってくるささいな臭いが、これほどまでにダメージを与えてくるなんて。ベッドとトイレを往復するだけで一日があっというまに過ぎ、部屋は荒れ果てた。

「今日もご飯ないんだね」
「トイレットペーパーが切れてるね」

仕事から帰ってきて、ベッドに寝ている私の横で点検するように部屋を眺める夫。
夫は、面と向かって文句を言ってくることはなかった。ただ、「快適な生活」が奪われたことへの不満を感じていることは確かだった。

カリンが生まれた今も、夫は毎日遅くまで働き、朝早くに出勤していく生活が続いている。交際中は子どもを二人はほしいと言っていたけれど、そのような機会もないのは金銭的な不安があるからなのかな。私には何も相談してくれないけれど……

私にできるのは、家を完璧な状態に保つことだけ。夫を失望させることは許されない。東京にいた時は同じ社会人として対等に話していたはずの夫が、どんどん遠くなっていった

初めての交流イベント

「カリンちゃん連れて、たまには帰ってきなさいよ」
そう実母から連絡がきたのは、年の瀬の気配を感じ始めた11月なかばだった。埼玉にある実家は、車で2時間強、電車を乗り継いで3時間ほどという中途半端な遠さにあって、疲れ切って休日に車を出したがらない夫に阻まれてなかなか帰省できていなかった。

(年末年始は義実家に帰るから、それなら来月12月前半のうちに)

そう考えるうちに、私の頭の中をよぎったあるイベントがあった。
「オールスター ユーザー感謝イベント@渋谷」

オールスターの運営会社が年に一回催す感謝イベントには、私の小説にコメントしてくれる常連の人たちも来るらしかった。渋谷で、立食パーティー……。あまりにも自分の生活からは遠い言葉にくらくらする。母にカリンをみてもらって、1日だけならいけるかな。

新作の構想もまとまらないままだったが、ここに行けば、山を登るきっかけがつかめるかもしれない
私はイベントの予約ページをクリックした。

夫の許可を得ない外出は、これが初めてだった。

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