特集 feature

末満健一インタビュー

人生を解釈する光みたいなもの

monokaki編集部

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 「このアイデアや着想は、一体どこからやってくるのか?」
 すばらしい作品に触れたとき、物書き志望でもそうじゃなくても、読者や観客がまず疑問に思う点だろう。0から構想されたオリジナル作品はもちろん、原作のある作品の映画や舞台、ノベライズでも、原作の持つエッセンスを予想外に濃く深く展開する創作に出会ったとき、作家がそこに辿り着いた過程が気になる。0からの創作ではないからこそ、余計に気になるとも言える

 今回ご登場いただくのは、「刀剣乱舞」など超人気シリーズの舞台版を手掛けながら、自身のオリジナル作品「TRUMP」シリーズが10周年を迎えようとしている、劇作家・演出家の末満健一さん。
 いま最もチケットの取れない作演家の一人である氏は、自身の作品を、あるいは他者の作品を、どのような過程でソリッドな舞台世界に組み上げているのか? 8月25日の初日に向けて、正に制作の真っ最中であるミュージカル『マリーゴールド』の稽古場を訪ねた。

「演劇をやりたい」より「惑星ピスタチオで何かしたい」

――舞台の作・演出を志されたのはいつ頃からでしょうか?

末満:元々は少女漫画家になりたくて、高校時代に購読していた「りぼん」「マーガレット」「花とゆめ」などに漫画の投稿をしていました。画風なんかは谷川史子さんの影響をすごく受けていましたね。でも漫画の才能がないのは早々に自覚しまして将来を悩んでいた時期に、深夜番組で放送されていた「惑星ピスタチオ」という劇団の舞台を観たんです。
「こんなことが演劇でできるんだ!」とカルチャーショックで、すごく心惹かれた。「演劇をやりたい」というより「惑星ピスタチオで何かしたい」と思いました。当時はまだネットもなかったので、日本の芸能事務所が掲載されている名鑑にあったリストから、劇団の連絡先を見つけて電話しました。

――そのまますぐ惑星ピスタチオに所属されたんですか

末満:最初は「学生演劇の仲間たちだけでやっている劇団なので、外からの新人は入れてない」と断られたんですが、しつこく「入れてください!」と押しかけて入れてもらいました。役者や制作業務をしながら、劇団の創作活動の一端にも加えさせていただきました。作・演出の西田シャトナーさんは、信じられないような独創的なアイデアを次々と実現していた方ですが、劇団活動であるということも大切されていて、座長の腹筋善之介さんをはじめとした劇団員からもアイデアを集ったりすることがありました。僕のアイデアも採用していただくことがあり、そのことがとても嬉しかった記憶があります。その後、『熱闘‼ 飛龍小学校☆パワード』という作品のときに西田さんのプロット作りを少しお手伝させていただいた経験が、自分の中でとても大きなものとなりました。

――初めて脚本を書かれたときのエピソードがありましたら教えてください

末満:「自分でも脚本を書いてみたい」と、劇団の先輩だった佐々木蔵之介さん主演を自分なりにイメージして脚本を書こうとしたんですが1)[2018/8/3 末満注釈]当初、自分が書こうとして書けなかった脚本のタイトルを『四次元探偵』と表記していたのですが、それは当時西田シャトナ―さんから聞いた作品構想のタイトルで、僕が書こうとしていた脚本のタイトルは全く別のものでした。完全に僕の思い違いです。大変失礼いたしました。その時はまだ書き上げる能力がなくて実現しませんでした。ごちゃごちゃと構想をしただけで満足してしまった
そのあと劇団が解散して、残った何人かで立ち上げた演劇制作事務所に参加しました。役者をこのまま続けていくか悩んでるときに先輩の保村大和さんから「一度、脚本と演出をやってみたら?」と勧められて、見様見真似で短編集を書いて演出して上演したら、いろんな人からめちゃくちゃ褒められたんです。「やっぱり自分は演じ手より作り手の方が向いているのだな」との思いを強くして、そこから作・演出を本格的に始めました。

――そのとき脚本を書き上げることができたのは、何が理由だったんでしょう?

末満:劇場を取ったからでしょうね(笑)。僕は〆切がないと一向に書かないです。いま小説も書いているんですが、「書けたら出します」としていると、書く書くと言いながら5年ぐらい経ってしまいました。劇場は取っちゃったらチケットも売らなきゃいけないし、もし公演中止になったら大赤字で大変なことになるので、貧乏な小劇場演劇人は死に物狂いで書くしかない。今でも書くたびに脚本の最後にエンドマークをつけられるのが不思議ですね。後から思い返しても「よくこんな作品が自分に書けたな」って。〆切はひとつの創作の源です。

人生であと何本の作品を作れるか

――オリジナル作品を書かれる際は、どういったところから着想を得られますか

末満:作品によるので、一貫してないですね。「TRUMP」シリーズは自分の死生観をモチーフにして作っています。『極楽百景亡者戯』という作品を作ったときは歌舞伎にハマっていて、「歌舞伎のいろんな名場面をコラージュして小劇場版の歌舞伎を作ってみたい」という、形ありきでした。二年前にやった『天球儀』は、「人間の認識や記憶はあいまいで信用ならざるものだ」という考えがずっとあって、そういう自分が抱えている違和感から芝居を立ち上げることもあります。

――そのときどきで興味のあるものをフックにするスタイルなんですね

末満:小劇場時代は「お客さんにいっぱい来てほしい」という邪念があったのですが、最近は「ウケよう」という気持ちはかなり削ぎ落とされてきたと感じます。不規則かつ不摂生な生活をしている人間なので、いま42歳なんですけど、50までは仕事ができていると仮定して、あと何本作れるんだ? と。新作のオリジナル作品は年に1本ぐらいしか作れていないので、そうなると残りの人生で新作をあと8本しか作れない。残された時間は限られています。それもあって、最近は本当に興味があるものだけに意識がいくようになってきています。

――最初に少女漫画を描かれていたというお話がありましたが、「TRUMP」にもある耽美な世界観、ゴシックホラー的なモチーフはずっとお好きなんですか?

末満:当時「りぼん」で読んでハマっていたのは柊あおいさんの『星の瞳のシルエット』や水沢めぐみさんの『ポニーテール白書』などで、ゴシックホラーに関しては少女漫画の影響とは関係ないですね。土台があるとすればティム・バートン監督の作品だと思います。
僕は他人とコミュニケーションを取るのがとても苦手で、何で演出家なんていうコミュニケーション取ってなんぼの商売をしているのか……向いてないだろって思うんですけど(笑)。昔はそれがもっと顕著で、ティム・バートン作品に出てくる社会に馴染むことのできない登場人物たちにすごくシンパシーを感じていました。『エド・ウッド』や『シザーハンズ』、『バットマン』もバットマンそのものがマイノリティだし、『バットマン・リターンズ』の悪役・ペンギンもそう。ティムの初期作品が自分の中でベースとして色濃くあります。

――ほかに、ご自身の作品を語る上で影響を受けたものはありますか

末満:影響という意味では、大槻ケンヂさんと桜玉吉さんですね。生きづらさを抱えている人たちを描いている作品が多くて、ティム・バートンとも通じるところがあります。僕の三大サブカルヒーローです。

誰から何を言われても原作が第一

――逆に、原作のある作品を舞台化される際に、留意していることがあれば教えてください

末満:原作モノを書くときは、原作をまず第一に順守します。今関わらせていただいている「刀剣乱舞」は、原作にストーリーがないので他よりも慎重になりますが。人伝に聞いた話では、いろんな原作モノで「もう原作側は口を出さないで、現場判断にさせてくれ」という場合もあるみたいです。もちろん、それでうまくいくケースもあるし、うまくいかないケースも数えきれないくらいあります。
僕が原作モノに関わらせていただく場合はギリギリまで原作の奉仕者になりたいと決めているので、周りからは「何で末満さんはもっと自由にやらないんですか?」とよく責められます。「あいつは周りの言いなりだ」と陰口も叩かれます。でも、それが僕の原作モノに対するスタンスです。

――自由にやらない理由は何かあるんですか

末満:僕は自分の表現の軸としてオリジナル作品をやっているので、好きなことを自由にやるならそっちでやります。原作モノをやるんだったら、基本的に原作や原作者のマインドを一番に大事にしたい。そうすることで、オリジナル作品では至ることのない考え方や学びも得られますし、そこに意義を感じているからこそ原作モノをやっています
それにもし逆の立場で自分の作品を人にライセンスアウトしてやってもらうとなったとき、先方から「こちらの好きにやらせてくれ」と言われたら、「だったら人の褌で相撲を取ろうとなんてせずに、オリジナルの作品をやったらいいじゃないか」と思います。

――『ジョ伝 三つら星刀語り』を拝見したとき、「刀剣乱舞」ってこういう話だったんだ、と衝撃を受けたんです。原作にストーリーはありませんが、キャラクターやゲームシステムや敵の設定を掘り下げていくと、結局「刀剣乱舞」とは「自分の過去とどう向き合うか」がコアの作品なんだな、と

末満:「刀ステ(舞台版「刀剣乱舞」)」における脚本執筆は、製作委員会を始めとしたいろんな方面からの意向をまとめて、それを形にする作業になります。条件や方向性を与えられたら、細部のストーリーはこちらで考えるんですが、ジョ伝の場合はまず最初に「三日月宗近が顕現する前のスピンオフをやってください」というオーダーがあり、「スピンオフと言われても、そもそも刀ステ自体がスピンオフだぞ?」と頭を抱えました。

「刀ステ」はいつも苦心惨憺の連続

末満:メインストーリーがあればサブストーリーを描くことで、メインキャラがいればサブキャラが主となる物語を描くことで、スピンオフといえるものにはなりますが、「刀剣乱舞」はそうはいきません。
結果的にジョ伝はスピンオフ作品というより、三日月こそ出てはきませんが、メインストーリーの流れの中にある一編になりました。そういう意味では、製作側の「スピンオフ作品を」というオーダーには応えられなかった作品なので、苦い思いがあります。

――構造もストーリーも美しい舞台なので意外に思います。脚本はどのように組み立てられたのでしょう

末満:三日月宗近がいないので山姥切国広が主人公で、織田信長絡みの話はやったので黒田官兵衛絡みの話で、黒田の話をやるんだったらへし切長谷部・日本号・博多藤四郎を登場させて……という具合に外枠から固められていったのですが、でも原案ゲーム的には三日月がいないのに日本号や博多がいるのはちょっと不自然だったんです。
「この条件でどうやって話を組み立てればいいんだ!?」と悩みに悩み、苦肉の策で二本立てにしたものがジョ伝です。でもただの二本立てもおもしろくないので、二編を相互に関わりのある過去と未来の話にしたら、必然的に「過去の自分たちと向き合う現在の主人公たち」という構図になりました

――舞台上で一瞬過去と未来が交差する部分など、非常に演劇的な仕掛けですよね

末満:構造的にもなるべく「刀剣乱舞」が内包しているテーマに重ねようとしながら作ったので、ああいった形になりました。「刀ステ」は毎回が苦心惨憺の連続です。
最新作である『悲伝 結いの目の不如帰』では、三日月宗近をある大きな転機に至らせる必要がありました。だけど三日月に関しては現段階で描けない部分も多く、そうした中で「大きなストーリーとしてはなにも決着がついていないのに、どうやって三日月をその転機にまで至らせればいいんだろう」という難題との対決でした。

――『悲伝』は荒牧慶彦さんの気迫も相まって、山姥切国広の成長のストーリーとして見ました

末満:山姥切を中心に考えるとここまでの「刀ステ」は、彼が苦難や逆境といった様々な経験をして、いつもは周囲に支えられていたけど「今後は自分が仲間を支えていかないといけない」と少し大人になる、といった成長の物語ですね。

キャラクターと役者の関係性

末満:「テニミュ」で本格デビューした荒牧くんが(刀ステの主催でもある)マーベラス作品に出たのは舞台「K」が初めてだったんですけど、僕も2.5次元舞台は「K」が初めて。そこから4年ぐらいずっと付き合ってきた彼が、今や2.5次元を代表する役者のひとりになってきていて感慨深いものがあります

――オリジナル・原作モノ双方でご一緒する役者さんもいると思うのですが、キャラクターを当て書きされることはありますか?

末満:当て書きはしますね。役者ありきで当てて書くときもあれば、あえて外して書くのも当て書きだと思うんです。『マリーゴールド』では、吉野圭吾さんや東啓介くんに、これまであまりやったことのないだろう役柄を書いています。役者個人を応援しているファンの方には新鮮な一面を見ていただけるんじゃないかと思いますし、新しい感覚で応援してもらえるんじゃないかな。

――スケジュールがタイトな舞台だと、キャスティングが後になることもあると思うんですが

末満:役者が決まっていなくても「この人にやってほしいな」と想定して書くことはあります。『悲伝』に登場する<鵺と呼ばれる>という役は、関西小劇場で活躍するとある役者にやってもらいたいとイメージして書きました。でもその役者のスケジュールが空いていなくて、最終的に演じてもらった碓井将大くんが、不思議と当て書きしたみたいにハマった。今では碓井くん以外の<鵺と呼ばれる>役は考えられない。そういうパターンもあります。

――これまで多くの現場で、多くの俳優さんとお仕事されていると思います。特に印象に残っている俳優さんのエピソードがあれば聞かせてください

末満:心から凄いなと思った役者が二人いて、一人はさっきも話に出た惑星ピスタチオの先輩の保村大和さん。『Believe』というタイトルの織田信長が主人公の話で、大和さん演じる信長が妻の形見の鎖帷子を着て本能寺へとたどり着くクライマックスシーンがありました。本番中に、劇団員が皆そのシーンの大和さんの演技を見たくて舞台袖に集まってたんです。共演者全員を毎ステージ舞台袖にまで集めるという、神懸りといっても過言ではない求心力の強い演技に、当時の僕はまだ右も左もわからない駆け出しの新人だったんですが、「これはすごい状況だな」と肌感覚でわかりました。

もう一人は僕が作・演出した『MOTHER』という作品に主人公の妊婦役で出てもらった前渕さなえさん。「お腹の子供が将来殺人鬼になってよそ様の子供を殺そうとしている」というシーンがあって。その瞬間、停止した時間の中で母親である女性にあるスイッチが渡されるんです。それは、目の前にいる我が子の心臓を止めるスイッチで。それを押したら自分の子供は心臓が止まって死に至るがよその子は助かる。押さなかったら自分の子供がよそ様の子供や周りにいる人たちを殺して連続殺傷事件になる。子を生む親の責任を問う場面でした。
その後の展開は<スイッチを押したバージョン>と<スイッチを押さなかったバージョン>の二種類の脚本と演出を用意していました。演じる前渕さんには「我が子にどちらの決断を下すのかはそのときの気持ちで考えて」とお願いしていたのですが、彼女は毎ステージ本気で葛藤するんです。演技であるということを越えた、見ていて痛々しくなるくらい激しい葛藤でした。号泣しながら押す日もあれば、押さない日もありました。嘘や作為を全く感じさせない魂の演技を共有するために、こちらも共演者たちが自然と舞台袖に集まりました。
後にも先にも、袖に共演者全員を集める役者を見たのは、その二人だけですね。

「TRUMP」10年で変わったこと、変わらないこと

――最後に、「TRUMP」シリーズの最新作『マリーゴールド』について聞かせてください

末満:(TRUMPを初演した)10年前は「関西の小劇場が低迷している」「演劇を見る客がいなくなった」と周囲からすごく言われていた時期でした。僕は脚本家・演出家であるけれどプロデューサー的な考えも強い人間だったので、そう言われてしまう状況が悔しくて、「関西小劇場からヒット作を出す」のが「TRUMP」を企画した目的のひとつでした。作家としてはまったくもって邪道な考えですね。「TRUMP」は幸いにも初演から大きな反響をいただき、「この作品をいつか商業でやれたらいいな」とは思っていました。
それが今では、大きな劇場や東京で活躍している俳優たちに出演してもらえるようになり、今回の『マリーゴールド』ではライブビューイングまでやらせてもらえることになりました。「関西小劇場からヒット作を出す」という目的は多少なりとも果たされたと思うので、今後はそういった商業的な思惑は運営に任せて、一作家として作品を追及していけたらと考えています。『マリーゴールド』はそうした意味では、自分の中でのプロデューサー的思考が一歩後ろに下がり、作品性により意識を集中したものになっていると感じています。

――当時も今も、ご自身の死生観を投影して作られているところは変わりませんか?

末満:そうですね。死生観を投影すると僕の場合はどうしても悲観的な色合いが濃くなってしまうので、何かしら悲観的ではないものを作品の中に見出したいと思いながらやっています。毎回見出せずに終わってしまいますが。
生きることも死ぬことも僕にとってはこの上なく辛辣なことなんですけど、それだとあまりにも救いがない。人生を解釈する上での光みたいなものを演劇を通して見出せたらいいなと思います。宗教を信仰している人たちは信仰によって死生の解釈を得るのだろうし、そうでない人は家族や仕事などを通して見出すものが、僕の場合は演劇なので。死ぬまでに何かしらの希望的解釈を、演劇を使って見出したいと思ってやっています。そしてそれらが作家の独りよがりで終わるのではなく、エンターテインを媒介として、観客の心のうちと共鳴し合えるようであればなお良いですね。

――10年前に30歳前後でやっていた「TRUMP」と、いま40歳前後でやっている「TRUMP」で、解釈や考え方は違ってきたりしますか?

末満:どちらかというとよりシビアに、より悲観的になってますね。よくない方向に思考が進んでる。いったん落ちる所まで落ちて、そこから這い上がっていけたらいいんですけど。今年の『マリーゴールド』と来年に予定している作品では、何かしら別の考え方が生まれるんじゃないかという感触は、自分の中にあります。

――さきほど仰っていた「50歳まで生きるとして残り作れるのは8本」の中に、「TRUMP」シリーズも入ってますよね

末満:そこまでには完結させたいですね。「シリーズ最終作はこういうシーンで終わろう」という結末はもう決まっているので。ハリポタシリーズのJ・K・ローリング方式ですよね、ラストシーンを書いて金庫にしまっておくという(笑)。僕は金庫にはしまっていませんが一応ラストシーンの台詞はすでに書いてあるので、それをお客さんに届けるまでは頑張りたいです

「書かないと人生が終わる」〆切を設ける

――毎年オリジナルと原作モノを並行して書かれていますが、書きあぐねたりはしませんか

末満:題材や条件が厳しくて手こずることはありますが、本格的なスランプになったことはないです。プチスランプみたいなものは多々ありますが、書けないときは単純に集中してないときが多い。結局、ああだこうだ自分の中に言い訳を作ってだらけているだけですね。仕事しないでネットやゲームばっかりしているだとか、アイデアが下りてこないだとか。シンプルな解決方法としては、今すぐに机の前に座って一行目を書き始めることです(笑)。
ヘビーなスランプは経験したことがないので、もし書きあぐねるときが来るのであれば怖くもあります。でも、そんなスランプが来る前に書くことをやめているか死んでいるか、そのどちらかのような気がします。

――物書き志望の人に、何かアドバイスがありましたらお願いします

末満:とにかく数を書くことはひとつの有効な手段だと思います。今はSNSという便利なトレーニング環境もあるので、知り合いに向けてクローズに書くのではなくて、いろんな考えの人間に向けて書く。SNSには男性も女性もそのどちらでもない人も、老人も子供もいる。右翼もいれば左翼もいるし、宗教者も無神論者も、野党支持者も与党支持者もいる。ただ垂れ流すだけではなくて、そういう多様な人が見ている世界に発信するのだと意識しながら、じゃあ自分はどういうものをテキストとして表現するのかを考えながら書くのはいいんじゃないかな。
あとは〆切を設ける。自分の匙加減みたいな〆切じゃなくて、そこまでに書かないと大借金を抱えるとか、信用を決定的に失うとか、「人生が終わるぞ」っていう自己強迫的な〆切を決める。それでも書けないなら、もう書かなくていいんじゃないですかね。向いていないのでしょうし、書きたくないものを無理して書かなくてもいい。書くべき人は、書かざるを得ないところに自分を追い込んだら、必ず書けるはずです。

(インタビュー・構成:monokaki編集部、写真:鈴木智哉)

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1. [2018/8/3 末満注釈]当初、自分が書こうとして書けなかった脚本のタイトルを『四次元探偵』と表記していたのですが、それは当時西田シャトナ―さんから聞いた作品構想のタイトルで、僕が書こうとしていた脚本のタイトルは全く別のものでした。完全に僕の思い違いです。大変失礼いたしました。

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