創作ハウツー howto

ことば遣い編②

文章が綺麗に整う「語尾」「粒度」「補足詞」のこつ

逢坂 千紘

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 こんにちは、逢坂千紘(あいさかちひろ)です。

 前回の「馬から落馬しちゃいけない?重ね重ね重々に重言を検討」では、重複表現の効果や是非について触れながら、校正の攻守の魅力、制作行程で作品の「圧」を調整する話をしました。

 第二回では、その「圧」について、ことば遣いにまつわる具体例を見ながら、詳細イメージを共有してみようと思います。どうかお付き合いくださればさいわいです。

※あくまで私の経験や個人的な考えをつづっております。その点どうか差し引きしながらご味読いただければと思います。

コピペライクなツギハギ文章がまれによくある

 校正をしているときに、いちばんもったいなく感じる文章というのがあります。それは「だれのものかわからない文章」です。前回の記事で「自身による執筆」という話をしましたが、それを見失っている文章のことですね。言い換えれば、コピペライクな文章、ツギハギだらけの文章、ワードサラダっぽい文章ということです。

 実例を挙げるわけにはいかないので、試しに「人生の名言」を三つ組み合わせてみました。

明日死ぬかのように生きよ。未来とは、今である。人生の目標を教えてくれるのは直感だけです。

 人生に関するメッセージは共通しているので、辛々ですがひとつのテキストとして読むことはできます。ただ、即席でつくったツギハギ文章なので違和感もひとしおですよね。読みにくいし、刺さってこないです。あははと笑ってもらいたいのですが、こういう文章が「まれによくある」という現場の話です。

点検したい三要素(語尾、語彙の詳細度、読解の補足詞)

 コピペ感やツギハギ感を修正したいときに、調整したい要素はいくつかあります。ここではわかりやすく効果が出る三要素「語尾」「語彙の詳細度」「読解の補足詞」をかんたんに紹介します。

 まず、語尾は重大です。常体(だ・である)とか、敬体(です・ます)とか、これを使い分けるだけで文章の印象は変わるものです。ものすごくかんたんにまとめれば、常体はフランク、断定的、ドライ、無愛想などのイメージをつくることができます。一方で、敬体は丁寧で、やわらかくて、語りかけるようなイメージを際立たせてくれます。

 語彙の詳細度というのは、ことばの指し示すものが大きいか細かいかです。たとえば、「生活」は広大ですが、「晩ごはん」は生活よりも細かい(生活の活動のひとつ)です。晩ごはんの献立を決めたいのに「生活」ということばを用いていても、なかなか目的にたどり着けません。文章で伝えたいことの大きさに合わせた粒度のことばを選ぶ必要があります

 読解の補足詞というのは、どのように読めばいいのかレールをつくることばのことです。「つまり」とくれば、わかりやすく言い換えてくれそうな気がするし、「たとえば」とくれば、具体的な一例を挙げてくれそうな気がしますし。「あいにく」があったら、悪い評価が続きそう「もちろん」があったら、あえて言うまでもなかったことを明確にしてくれそう。そういった読解の補足がなくても読めますが、フローや味わいを付け足すコンディメントにもなります。

 点検したい要素は他にも山ほどありますが、ひとまず三つにしておきましょう。この三つの観点から、先につくったツギハギ名言を修正してみます。

実際に修正してみる(ハンズオン!)

明日死ぬかのように生きよ。未来とは、今である。人生の目標を教えてくれるのは直感だけです。(再掲)

 まずは語尾を調整してみましょう。調整の方向性としては、ちょっと突き放した感じでメッセージ性を際立たせたいので、断定的でドライな「常体」で統一しようと思います。一文目と二文目は常体なので、三文目の「直感だけです」を「直感だけだ」にします。

 その上で、詳細度をチェックしてみましょう。「明日」「未来」「目標」の三つが未来的な名詞(まだ起こってないこと)で共通していますが、いちばん大きいのが「未来」で、いちばん細かいのが「目標」でしょうかこの詳細度の順番を大きいものから細かいものになるよう、「未来→明日→目標」に変えてみます

未来とは、今である。明日死ぬかのように生きよ。人生の目標を教えてくれるのは直感だけだ。

 この段階ですでにリズムが出始めました。「未来」という粒度の大きい名詞を先に持ってきて、ビジョンを示したのがよかったのでしょう。

 今度は補足詞を入れていきますが、ここは文章の目的・物書きさんの文体などによって適切なものは大きく変動します。無理に入れる必要はなく、補足詞を入れないというのもひとつのリズムです。ここではいくつかの用例を挙げてみます。

未来とは、すなわち今である。だから、明日死ぬかのように生きよ。もっとも、人生の目標を教えてくれるのは直感だけだ。

第一に、未来とは、今である。第二に、明日死ぬかのように生きよ。最後に、人生の目標を教えてくれるのは直感だけだ。

結局、未来とは、今である。従って、明日死ぬかのように生きよ。なんなら、人生の目標を教えてくれるのは直感だけだ。

未来とは、今である。ならば、明日死ぬかのように生きよ。人生の目標を教えてくれるのは直感だけだ。

いわば、未来とは、今である。そして、明日死ぬかのように生きよ。いわんや人生の目標を教えてくれるのは直感だけだ。

 いかがでしょう、読めるものもありますね。もともとが本気のコピペだったので、まだ違和感が残っているものもあります。大事なのは「自身による執筆」なので、じぶんだったらどういう目的でどういう順番にするか、どういうことばを入れるか考えてみると理解が高まると思います。

なぜツギハギになるのか――自身による執筆が揺さぶられている

 では、そもそもなぜツギハギになるのか?ふつうに書いていれば、コピペしていないのだからコピペみたいになるはずありません。でも、ツギハギになってしまうのはなぜなのか。私が思うに、それは「ハイテク環境で才能を拡げたまま書いているから」です

 小説作法や創作論が開発されれば開発されるほど、物書きは悩まずに済むのでラクになります。たとえば、うっぴーさんの「ライトノベル作法研究所」や、フィルムアート社の『すべての創作者のための類語辞典シリーズ』など日頃お世話になっている「すごいやばいもの」を思い浮かべればわかるように、「じぶんの才能ではかんたんに思いつかないような知識/あーでもないこーでもないと悩んでいたことの答え」がすぐに手に入ります。その便利さの裏側には、ありがたいことに、不足していた才能を拡張してもらっているという側面も認められます。まさにハイテクノロジーです。

 創作の先輩や分析上手なひとたちのアドバイスは貴重ですし、経験したことのない心の闇の種類を通覧できる辞書も最強の相棒ですが、それだけでは両輪の片方となります。ハイテクによる良質なサポートと合わせて、「じぶんでも考える」ことが欠かせないでしょう。それが校正や写経練習などのローテクです。

 校正の技法というは、いい意味でローテクです。ローテクなものの良さは、ひとつひとつ考える必要があることです。たとえば、小説の地の文は「なんとなく」常体にするのがテンプレートです。どうして地の文を常体で書いているのか尋ねられて、答えられるひとはわずかではないでしょうか。

 一方で、たとえば山田詠美さんの『風葬の教室』のように、小学生の女性が語り手で、波風を立てずに生きたいという性格で、風葬というほど残酷なテーマで……というときに基調として敬体を選ぶのは、じぶんの作品の最深部まで降りて考えていないとむずかしいでしょう。
 当作品を味読してみると、地の文の「圧」というものが作品に対する影響力を非常に強く持っていることが実感できます。地の文というのは、単に書き手がプロットを進行させているのではなくて、書き手の本来の人格から二層か三層ほどキャラをつくった人物が、読者と作品をつなぐひとつの視点(カメラマン・司会者・水先案内人)として新たに存在していることがはっきりと認識できるようになります。

 才能を高次元に飛躍させてくるハイテク、低次元に立ち戻って考えるローテク、この両輪のどちらかを欠かすとツギハギになるのではないか、という話でした。

まとめ

 「どんでん返し」は教えられるし、「キャラクター小説の書きかた」も教えられます。「原稿のマナー」も教えられるし、「間違いやすい日本語」も教えられます。だけど、小説は「教えられないこと」でも成り立っています

 そのひとつである「圧」の基礎的な部分について触れてきました。前回は「経済性(最短で目的にたどりつくこと)」「重層性(重ねることで新しい味を出すこと)」、今回は「語尾」「粒度」「補足詞」といった具体的なところにフォーカスしました。

 校正というのは、物書きさんが生み出した壮大な文章に生身で直撃する営みです。そのなかで、読者を失望させないように、作品を守れるように、細かい違和感を手探りしたり不本意な印象を与えないようにしたりします。体裁、記号、タイポ、重複表現、語尾、敬語、ことば遣い、史実とのズレ、たくさんのことを気にしています。

 それでも、じぶんの作品ではないので、口を出せるとすれば致命的なものか、事前にオーダーされていたことぐらいです。どうして地の文を常体にしたのかとか、どうしてこの章では視点を変えたのかとか、どうしてこういう粒度のことばを用いたのかとか、そういう議論をすることはありません。

 だからこそ、校正が見ているローテクな部分をシェアして、すこしでも作品の磨きかたの探求に役立てばさいわいです。

 次回は、執筆において避けては通れない「記号」について書く予定です。記号は出版・印刷業界の長年の発明だけあって、うまく扱うのも一苦労だと思います。ぜひお楽しみに。

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