創作ハウツー howto

アイヌ語研究者 中川裕インタビュー

研究とエンターテインメントの相互作用

monokaki編集部

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 おもしろい作品が生まれて、読者のもとに届き、ヒットするまで、尽力しているのは物書きだけではない。作家と併走する編集者、デザイナー、校正者、書店員など、多くの人の手を経て初めて、作品はわたしたちの手元にやってくる。なかには、創作者とはまったく違った角度から、しかし同じくらいの熱量で作品と向き合っている併走者も多いだろう。

 新連載「物書きの隣人」では、そんな作品作りに欠かせない、しかし表からは見えにくい職種の人々に話を聞き、創作の多様な側面を探っていきたい。
 記念すべき初回に登場するのは、人気コミック『ゴールデンカムイ』の「アイヌ語監修」として、奥付のトップに名前が掲載されているアイヌ語研究者の中川裕氏。アイヌ文化を一気に身近なものに押し上げた同作に参加した経緯にはじまり、映像作品への関わりまで、「監修者」の役割について広くお話を聞いた。

ここまで忠実に当時のアイヌを再現できるのか

――『ゴールデンカムイ』の監修を担当されることになった経緯を教えてください

中川:作者の野田サトル先生と担当編集の大熊八甲さんが取材を進めるなかで、北海道アイヌ協会というアイヌの一番大きな団体に相談されたのがきっかけです。そこの事務局長と北海道博物館のアイヌの学芸員が「そういう企画であれば、中川っていうのがいるから」と、私のところに話がきました。その時点では、第1話はほぼできあがっていました。

――最初に第1話を読まれてのご感想は

中川:最初は「アイヌを取り扱ったマンガに、いい加減なことを描かれたら困る」と思ってお会いしたんです。特にアイヌ語に関しては、ちゃんとした辞書があるわけではないし、専門家の監修が入らないとどうしても変なアイヌ語を作っちゃう。それがゲームの技の名前に使われたりすることもあるわけですよ。今までにもそういうことがあって、大変もったいない話なのでチェックしたいと思っていたのですが、第1話の原稿を読んだら「これはすごいわ、ここまで描けるんだ」と思った

――1話目からアシㇼパが登場し、杉元と一緒にヒグマを狩ろうする場面が描かれますね

中川:こういった場面の写真や、図解されている資料はひとつもないはずなのに、どうしてここまで再現できるのか。しかも、ストーリーがむちゃくちゃに面白い! 「これはいける、きっと評判になる」と。それで気が変わって、単純なチェックではなく「ぜひこの作品に僕も関わらせてほしい」という経緯で、監修に入ることになりました

――「監修」のお仕事って、編集さん以上に読者からは見えにくいと思うのですが、実際にどういったやりとりが行われているのでしょうか

中川:基本的にはメールで、編集担当の大熊さんや増田さんとやりとりします。開始最初は、私にどういうふうに監修をやらせるか自体が固まっていなかったので、とりあえずアイヌ語が出てきたときに「これで大丈夫ですか」と単語が送られてきて。その時点では絵もないし、話のどこに出てくるかもわからないんだけど、「これであってますよ、これはこういう意味ですよ」と返すことから始めました。

――「監修の手順はこう」と確立されているわけではなく、最初は手探りだったんですね

中川:原稿ができあがって初めて、その言葉がどういう絵との組み合わせなのか、どういう展開なのかがわかるんだけど、するとあとから「この絵だったら別の言い方をしたほうが良い」ということが出てくるわけです。それからは「できるだけ絵を見せてくれ」とお願いしています。といっても週刊連載だから、早い段階で絵ができているということはあまりないわけですよ。ラフ画の場合もあるけれど、ギリギリにならないと絵ができてこないってこともあります。

リアルならいいわけじゃない、フィクションの面白さを殺さないように

――野田先生はアイヌの装飾品や、衣服の質感まで細かく描きこまれていますよね

中川:それに関してはかなりよく調べておられて、僕がいちいち言わなくてもいいように描かれていらっしゃる。「監修」といっているけれど、ストーリーをあらかじめ聞かされているわけでもないし、次週どういう展開になるかもわからない。そんな中で、できるだけ嘘にならないようにコミットしていく、という形ですね。

――では、ストーリー展開については毎週、読者と同じような目線で楽しんでいらっしゃる?

中川:そうそう、「今週はこういう話なのか!」という感じでね。ただ、アイヌに関する設定の細かい部分について相談を受けることはあります。

――監修される際に、コミュニケーションで気をつけていることはありますか

中川:アイヌ語に関して言えば、そもそも私しかわからないから、言ったようにやってもらうわけですけど、それ以外の演出に関しては、どこまで口を挟んで良いか正直こっちもわからない (笑)。事実と違うものが出てきたり、事実と違う使われ方をされていたら「これは現実ではありえない」とはっきり言います。

中川:たとえば、アイヌ関係者が「これは違うよ」と言っているのは「ヒンナヒンナ」。あれは「おいしい」という意味ではなく感謝の言葉なので、食べながら言うことはないんだけど。

――非常にキャッチーで、真似したくなる台詞ですよね

中川:でもマンガって、すべてをリアルに描くことで良くなるわけではなく、フィクションの部分が面白い。フィクションを殺すようなことを強制するのは、マンガを損なうことになるので、事実は指摘しますが、それをどこまで採用するかはお任せしています。

――すべてを事実に即するように直すのが、監修のお仕事というわけではないんですね

中川:野田先生の一番すごいところは、実在する人物を丹念に調べ上げたうえで、フィクションとして違和感なくその人を描いちゃうところです。
たとえば、稲妻強盗の坂本慶一郎のモデルになった坂本慶次郎は実在する人物なんだけど、あの時点ではすでに死んでいるはずなんだよね。だけど刑務所にずっと収監されていたことにしてある。その妻の蝮のお銀は、江戸時代から明治のはじめにいたとされる伝説の人物がもとになっているらしい。時代が違う上に片方は実在の人物、片方は伝説の人を、「こういう人たちがいたのか」と読者に思わせてしまうのが野田さんの腕。ストーリーテリングの天才だと、僕は思いますね。

「全然関係ない人」を引っ張ってくるのがエンタメの役割

――アイヌ研究をされている方や、関連分野の方からも、作品に対する反応は聞かれますか?

中川:「アイヌが取り上げられる機会が増えてきた」と喜んでいる人が多いです。アイヌに関わっている人たちから「あれはダメだ、困る」という声を聞いたことは一度もないですね。特に白老町や二風谷などからは、作品には出てこないのだから聖地巡礼じゃないはずですけど、「作品を読んで訪れてくれる方が大勢いる」と。観光地に勤めているアイヌの人たちは、「うちのほうにも来てくれないかな」と口々に言っています。

――中川さんのような研究者の立場から見て、文化やエンターテインメントだからこそ果たせる役割はあると思いますか?

中川:研究は研究としてやらなければいけないんですけど、一方で「研究は何のためにやるのか」という課題は昔からあるわけですよ。アイヌ語やアイヌ文化の研究をやっていっても、記録したものを論文にするだけでは、アイヌ自身に還元していくことができない。昔からそれをどうやって還元するか考えていた人はいたけども、還元しようがない。

中川:それがここにきて、エンターテインメントを作るために「実際にはどうだったか」という知識が必要な状況になってきたんです。アイヌ語の劇や、昔のアイヌの世界を再現したドラマを作ろうとすると、よくわからないことだらけで、「もっと研究しておけばよかった」となるわけ。家のどこに何が置いてあったか、ドラマで再現しなくちゃいけないのに、わからない。もう聞き取りもできない状況で、「あの時やっていればよかったね」と。

――生活の細部など、すべて視覚的に再現する必要がありますもんね

中川:まだ利用されていない資料がたくさんあるのはわかっているんです。これを発掘していくのが研究者の仕事。でも、そういうことにみんなが関心を持つ状況を作るには、研究だけやっていてもしょうがないわけですよ。アイヌに何の興味もなかった人が興味を持つことで、博物館のほうから「こういう資料がうちにあります」というのが出てきたり、いろんなところからアイヌに関する関心が高まることで、「じゃあうちはこういうことをやろう」という雰囲気が出てくる。相互作用だと思うんです。
研究は研究、エンターテインメントはエンターテインメントで別々にしてしまったら、たとえばイベントや展示を企画しても、いつも同じような人しか来ない。時間に余裕のあるおじいさんおばあさんばかりで、これだといつもと同じだなって(笑)。いつも来る人ではなくて、全然関係ない人を引っ張ってこられるところに、エンターテインメントの重要性がある。

幅のある作品作りにはチームが必要

――エンターテインメントにおける「監修者」の重要性がよく理解できます

中川:来春には北海道150年を記念したNHKドラマ『永遠のニㇱパ ~北海道と名付けた男 松浦武四郎~』も放映されます。その第一回の読み合わせの時に、監修の人がどうしても来られないということで、私が行ったんです。主役は嵐の松本潤さん。松潤はアイヌの役ではないのだけど、台詞にアイヌ語が一言、二言あるわけですよ。「松潤にアイヌ語のセリフを言わせる」ということには大きな効果がある。時間に余裕があれば全面的に協力したいくらいでした。

――まさに「全然関係ない人」にも興味を持ってもらえるキャスティングですね

中川:このドラマの一番のポイントは、アイヌ出身の俳優の宇梶剛士さんが、台詞がアイヌ語のみのアイヌの役を演じることです。アイヌ出身で、よくテレビに出ている唯一の人である宇梶剛士に、全面的にアイヌ語のセリフを言わせるのは大きな快挙。そういう効用というものがある。NHKで記念ドラマをつくるという大きな話がなければ、宇梶さんがアイヌ語を話すことも、松本さんがアイヌ語を話すこともありえなかったのではないか。ではなぜNHKでそのようなドラマを作る気になったかというと、いろいろなところからアイヌの評判が上がってきたからという、相乗効果ですよね。

中川:エンターテインメントの世界で、どんどんアイヌを題材に取り上げるべきだと思うし、もっと必要なのは、アイヌからスターが出てくることだよね。アイヌの若い人たちの中には、超イケメン・超美女みたいな人材がいっぱいいるんだけど、みんななかなかシャイなんだよね(笑)。

――最後に、「特定の領域について掘り下げて書いてみたい」と考えるアマチュアの作家さんに、アドバイスと言いますか、実際の文化や歴史を扱う上で留意すべき点があれば教えてください

中川:結局、一人でやるのは困難じゃないかな。『ゴールデンカムイ』があれだけの質を保てるのは、やっぱり編集者の力がものすごく大きい。大熊さんや増田さんが資料集めだけではなく、フットワーク軽くいろんなところに行かれて、いろんな人からアドバイスをもらいながら、彼らはあのマンガを作っている。一人でやるんだったら、ものすごく好きな領域でやるしかないけども、自分の好きな領域だけを扱っていたら、話はどこかでつっかえちゃう。自分の好きじゃない領域に手を広げないと幅のある作品はできないだろうから、そのためにはやはりチームが必要だろうと思うんですよね。それをどういう風に探していくかですね。

――若手の研究者の方など、専門家と作家さんとをつなぐプラットフォームがあったらいいのかもしれないですね

中川:それは面白いかもしれない。あなたがたの仕事のひとつかもしれません。

(インタビュー・構成:monokaki編集部、写真:三田村亮、協力:アイヌ文化交流センター)

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