創作ハウツー howto

「ストーリー」ってそもそも何だろう?

monokaki編集部

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 「類語辞典」シリーズ、『工学的ストーリー創作入門』など、明解で読み物としても魅力的な翻訳ハウツー本で知られるフィルムアート社から、新たなバイブルが刊行された。「脚本家だけでなく、小説家、ジャーナリスト、ノンフィクション作家、あらゆるタイプのストーリーテリングについて新たな視点を提示する至上の一冊!」と銘打たれた一冊のタイトルは、そのままずばり『ストーリー』。

 「この物語はストーリー展開が巧み」「ストーリーの続きが思いつかない」など、日常的に使用する語ではあるが、では「ストーリー」ってそもそも何だろう? 作者のロバート・マッキーは、本書の冒頭で創作者を身近な題材について書く「自分語り」型と、ヒット作品に影響されて書く「売れ筋狙い」型に分類した上で、「ストーリー」の本質に迫ってみせる。1章の内容を特別公開したい。

ストーリー≠事実、ストーリー=出来事の「解釈」

 ストーリーテラーは人生の詩人、つまり、日々の暮らしを、人生の内側と外側を、夢と現実を詩に変える芸術家だ。その作品は、ことばではなく出来事を組み立てて生み出され、「人生とはこんなものだ」と二時間で語る隠喩である。そのため、ストーリーは人生を凝縮して、その本質を示す必要があるが、生活感をまったく失った抽象芸術となってもいけない。ストーリーは人生に似たものであるべきだが、現実をそのままなぞるだけでは、なんの深みも意味もなく、だれにとってもありきたりのことでしかない。

 「自分語り」型の脚本家は、事実は中立的なものにすぎないことを理解すべきだ。「でも、実際に起こったんだから」と強弁して、何もかもストーリーに詰めこんだところで、説得力はまったくない。この世界では、どんなことでも起こる。想像できるかぎり、なんでもだ。想像できないことですら起こりうる。とはいえ、ストーリーは現実の人生ではない。出来事を並べても真実に近づくことはできない。出来事はただの事実であって、真実ではない。真実とは、その出来事をどう解釈するかにほかならない

 「ジャンヌ・ダルクの生涯」として知られる一連の事実を考えてみよう。この女性は何世紀にもわたって、著名な作り手たちによる演劇や小説や映画の題材になってきたが、どのジャンヌも同じではない。アヌイの崇高なジャンヌ、ショーの機知に富んだジャンヌ、ブレヒトの政治的なジャンヌ、ドライヤーの苦悩するジャンヌ、ハリウッドのロマンティックな戦士。シェイクスピアの手にかかると、ジャンヌは狂気を帯びるが、これはいかにもイギリス的な見方だ。どのジャンヌも天啓を受け、軍を率い、イギリス軍を破り、火あぶりの刑に処される。ジャンヌにまつわる事実はつねに変わらないが、書き手がそこにどんな意味を与えるかによって、ジャンヌの生涯の「真実」は大きく変わる

 一方、「売れ筋狙い」型の脚本家は、抽象概念は中立的なものにすぎないことを理解すべきだ。ここで言う抽象概念とは、グラフィック・デザイン、視覚効果、色の濃淡、音の配置、編集のリズムといった戦略を指す。これらはそれ自体に意味はない。まったく同じ編集パターンでも、六つの異なるシーンで用いれば、六つのまったく異なる解釈が生まれる。映像美や音響は生きたストーリーを表現する手段であるが、それ自体が目的になってはいけない。

あなたは「自分語り」型? 「売れ筋狙い」型?

 「自分語り」型と「売れ筋狙い」型の脚本家たちは、ストーリーを弱点としているが、基本的なふたつの力のいずれかには恵まれているかもしれない。ルポルタージュ寄りの脚本家は五感にすぐれ、身体的な感覚を読み手に伝える力を具えていることが多い。見るもの聞くものを鋭い感受性で正確にとらえ、澄明な美しいイメージで読み手の心を打つ。一方、派手なアクション物を好む脚本家は想像力が豊かで、現実離れした世界へ観客を連れていく。不可能とされることを衝撃的な現実へと変え、観客の心を躍らせる。鋭い感性も生き生きとした想像力もうらやむべき才能だが、結婚と同じで、互いに補い合うことで力を発揮する。どちらか一方では、効果はきわめて弱い。

 物事の一方の端には純然たる事実があり、もう一方の端には純粋な空想がある。この両極のあいだにひろがるのが、かぎりなく多様なフィクションの領域だ。すぐれたストーリーは、この領域のなかでうまくバランスをとっている。もし書いているものがどちらかの端に偏ってしまうとしたら、自分自身のあらゆる面を調和させる術を学ばなくてはならない。創造の領域からはずれることなく、見るもの、聞くもの、感じるものに敏感でありながら、それを想像力と両立させる必要がある。洞察力と直感という両の手で掘り進めて観客の心を動かしつつ、人間がどのように行動し、なぜそのような行動をとるのかについて、自分の考えるところを伝えるべきだ。

 そして、創作に不可欠なのは鋭い感覚と想像力だけではなく、そのほかにふたつの能力で秀でていることが必要である。だが、これらの才能のあいだには、かならずしも関連はない。一方に恵まれているからといって、もう一方が具わっているとはかぎらない。

創作に不可欠なふたつの才能

 ひとつは文才――日常のことばをより高度で豊かな表現へと変え、世界を色鮮やかに描き出し、人間の声をとらえる才能だ。しかし、文学的な才能は特に珍しいものではない。程度の差はあっても、自分の文化圏で話される日常のことばから非凡な作品を生み出せる人は、世界のどこの文学界でも、何千人は大げさにせよ、何百人かはいる。そうした人々の書くものは文学としての美しさを持ち、中には極上の作品もある。

 もうひとつはストーリーの才能――人生そのものをより力強く、より明確で、より意味深い経験へと作り変える才能だ。それは日常の本質を探り出し、人生を豊かにする語りへと昇華させる。純粋なストーリーの才能を持つ人はきわめて少ない。直感のみで毎年のように鮮やかなストーリーを作り出しながら、それでいて自分がどのように創作しているのか、どうすればもっとうまく書けるのかを、まったく考えない書き手はいるのだろうか。直感型の天才なら、一度くらいは良質な作品を書けるかもしれない。だが、訓練を受けていない直感だけの書き手は、完成された作品を続々と生み出すことはできない。

 文才とストーリーの才能はまったく別物であるばかりか、互いの関連もない。ストーリーを語るには、書くことは必須ではないからだ。ストーリーは、人間がコミュニケーションに用いるどんな手段でも表現できる。演劇、小説、映画、オペラ、パントマイム、詩、踊り。どれもストーリーという儀式の立派な形式で、それぞれが独自の喜びを与えてくれる。歴史のその時々において、どれかの形式がひときわ注目を浴びたこともある。十六世紀は演劇、十九世紀は小説、二十世紀はあらゆる芸術が融合された映画の時代である。スクリーン上で最も力強く雄弁な瞬間を作り出すのに、ことばによる描写は必要ないし、演じるための台詞も必要ない。混じりけのない静かな映像があれば事足りる。文才が用いる素材はことばだが、ストーリーテリングの才能が用いる素材は人生そのものだ

技巧が才能を最大限に高める

 ストーリーの才能は稀有のものだが、その才能を生まれ持っているかのような人に出会うことは少なくない。街角の話術師にとって、ストーリーを語るのは微笑を浮かべるのと同じくらい造作ないことだ。たとえば、職場でコーヒーメーカーのまわりに同僚が集まると、そこでストーリーが語られる。それは人間関係の潤滑油だ。そして、その午前半ばの儀式に五、六人が集まれば、語りの才能に恵まれた人がひとりはいる。

 そんな語り手のけさのお題が「子供をどうやってスクールバスに乗せたか」だったとしよう。コールリッジの詩の老水夫のように、彼女は聞き手の心を虜にする。一同はストーリーに引きこまれ、コーヒーカップを手に口をゆるめたまま耳を傾ける。彼女は話をつむぎながら、緩急をつけ、笑いあり涙ありの展開で緊張を高め、やがて最高のラストシーンで締めくくる。「と、まあ、けさはこんなふうに、チビたちをバスに乗っけたってわけ」といった具合に。同僚たちは満足げに椅子にもたれてこうつぶやく。「そうそう、ヘレン、うちの子たちもおんなじ」

 つづいて、彼女の隣の男性が語り手になり、週末に母親を亡くした悲しい話をはじめるが……みんなをどうしようもないほど退屈させる。話は表面的なことに終始し、些細な事柄や、「棺のなかの母は安らかな顔をしていたよ」といった決まり文句ばかり並べ立てる。聞き手は話の途中でコーヒーのお代わりを注ぎに立ち、悲しい話を聞き流す。
 平凡な題材がみごとに語られるのと、深遠な題材が稚拙に語られるのと、どちらを選ぶかと問われれば、聞き手はつねに前者を選ぶだろう。ストーリーテリングの達人は些細な題材から人生をすくいとるが、へたな語り手は深遠な題材を陳腐なものにする。仏陀のような洞察力があっても、ストーリーを語れなければ、その考えは干からびる。

 つまり最も重要なのはストーリーの才能で、文才は不可欠ではあるが二番目だ。これは映画やテレビの絶対原則であり、劇作家や小説家は認めたがらないだろうが、演劇や小説もしかりである。ストーリーの才能は稀有のものだが、あなたにもその片鱗はあるはずだ。そうでなければ、書きたいなどと思うはずがない。
ならば、そこからありったけの創造力を絞り出して書くことだ。ストーリーテリングの技巧についての知識を総動員しなければ、ストーリーを作ることはできない。技巧をともなわない才能は、エンジンのない燃料と同じだからだ。いくら激しく燃えても、そこからは何も生まれない。

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