創作ハウツー howto

#7

「自由」って何ですか?

王谷 晶

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今月から本稿「おもしろいって何ですか?」を担当することとなった小説家の王谷晶である。無冠・無名・無貯金と三拍子揃った木っ端作家だが、それゆえに才能ではなく運と営業テクニックでこの群雄割拠の小説界をギリギリのギリでサヴァイブしてきた。そのテクとダイオウグソクムシのような生命力をmonokaki編集部に見初められこの度の登壇と相成ったので、本稿では「小説で何とかして小銭を稼ぐ」にフォーカスした話をしていきたい。文章技法から営業方法、編集部への媚の売り方、締切がヤバい時の言い訳のバリエーションまで持てる奥義をなんでも伝授していく所存である。

小説は最強のチート表現

突然だが、プロアマ問わず、小説を書く人間は全員が最強無双チート能力を手にしている。これを読んでいる諸君も持っている。私も当然持っている。どういうことか?

例えばの話。諸君は映画監督で、でかいビルが爆発するシーンを撮ることになったとする。どうするか。フルCGで爆発させるか、ミニチュアを作って爆発させるか、または本物のビルを爆発させるか、いずれにしても莫大な予算と人員と時間が必要な作業である。では漫画家ならどうだろう。一ページぶちぬきのビル爆破シーンを描こうとしたら。作画のための資料を集め、場合によってはアシスタントを雇い、下書き、ペン入れ、仕上げの工程を踏んで原稿をやっと一枚あげる。こちらも大変な作業だ。では、小説家はどうか。

「でかいビルが爆発した。」

以上これで作中ででかいビルが爆発したことになった。めちゃくちゃ簡単である。時間も予算も人手もいらない。なんならもう一文ちゃちゃっと、

「地球も爆発した。」

と付け加えるだけでさらなるスケールアップまでできてしまう。おわかりいただけたであろうか。小説は数多い表現手段の中でもトップクラスのラクラクツールなのだ。映像・漫画・音楽などと比べると必要な道具が格段に少ないし、日本語の書き方は多くの人が義務教育で学べるので学習コストも少ない。最小の努力で最大のパワーを発揮できる、指先一つで無双ができる最強のチート表現なのである。異世界に飛ぶのも宇宙を救うのも大恋愛をするのも人を殺すのも思うままただ、書けばいい

大いなる力には、大いなる責任が伴う

小説を書くという作業は、ひとつの世界の神になるということだ。どんなボンクラでも自分が作っている作品の上では最高権力者になれる。物語を作るというのは実は物凄いパワーを手に入れることなのだ。

そして、小説はすごく自由だ。世の小説ハウツーには「三点リーダ(…のこと)は二回打て」とか「記号を多用するのは望ましくない」とか細かいことが書いてあるが、そんなものは全部無視してもべつにぜんぜん大丈夫だ(もちろんきっちり守ってもいい)。楽しく書いて面白く読めるほうが大切。内容も、小説ならかなりドスケベなことやド残虐なことを書いてもなかなか発禁までは行かないし、もしスケベ過ぎて出版できませんと言われたら個人で電子書籍や同人誌を売ることもできる。小説はデータが軽いので電子化や入稿データを作る作業もラクラク。特別なソフトが無くても発表手段はいくらでも選べる。小説を選んだ者に幸あれ。諸君は自由だ。自由で大いなる力を手に入れた。

しかし、力というのは、大きければ大きいほど周囲に及ぼす影響も大きくなる。
大いなる力を持つということは、同時に大いなる責任を伴うことでもあるのだ。

これは私が考えたフレーズではなく、映画『スパイダーマン』(02)からのパクりである。DNA操作された蜘蛛に噛まれスーパーパワーをゲットしスクールカースト最底辺のいじめられっこから一夜にして下剋上、フィーバーしまくるが調子に乗るあまり大きな選択ミスをやらかし大切な人を失ってしまう主人公、ピーター・パーカーに捧げられた言葉だ。

ピーターは驚異的な超人パワーを手にするが、それを周りのことを考えず自分勝手に使ったり使わなかったりしたために悲劇を起こしてしまう。そして「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉を得て、自分の力を正しく使うことを決意するのだ。これは小説を書く、特に小説を商業出版ラインに乗せて銭を稼ぐ志のある者にはぜひ噛み締めてほしい言葉だ。小説という大いなる力をふるった結果起こるのは、好意的な反応だけではない。頭蓋骨が足の甲にメリ込むまで叩かれたり、煤も残らないくらい大炎上する可能性も充分あるのだ。そのへんの可能性を念頭に置いて書かないと、大いなるメイクマネーは難しい。

小説という自由、批判という自由

なんだよ小説は自由じゃねえのかよ、と怒るむきもあると思うが、自由というのは誰からも批判や非難されないことではない。自由に物語を生み出せば、自由に批判を受けることがある。作品を褒めるのも批判するのもまた、読み手の持つ自由だからだ。小説は自由で、どんなにインモラルでヤバい話も書ける。その代り、発表したら反応が来る。それが甘いものか辛いものかは、作者にはコントロールできないのだ。そして自分の小説が引き起こした結果には、自分で責任を取る必要がある。

これは自作の小説だけでなく、自分が好きな作品にも当てはまる。大好きな作品が批判に晒されていたらそれは当然嫌な気持ちになるが、それは決して「表現の自由を制限する」行為ではない。小説という自由と批判という自由ががっぷり組み合っている状態なのだ。私はそれを、美しいと感じる。その恐ろしくも美しいバトルフィールドに立つのが、表現で銭を稼ぐということなのだ

自由だけど、責任がある。これは何を書くときでも頭の隅っこに置いておいてほしい。人に読ませる表現を作るときの重要なポイントだから。まずはそこから始めよう。

ということで初回は肩に力を入れて真面目で偉そうな話をしてしまったので、次回は小説という大いなる力をどう効果的にブン回すか、具体的なポイントを絞って考えていきたいと思う。リサーチ、SEO対策、営業や編集者タイプ別打ち合わせの仕方など、メイクマネーのためには小説を書く以外にもやらないといけないことがいっぱいだ! 待て次回!

(続)

(タイトルカット:16号

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