小説レビュー review

マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』

元祖・「異世界転生もの」小説を読む

monokaki編集部

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4月1日(月):第一章 キャメロット

新年度始まりましたね! この前日、年度末に人生最初のタロット占いに行きまして、仕事が順調にならないと恋愛しないし、そもそも一人で大丈夫な人、と言われたmonokaki編集部の碇本です。
いまさら「読んでない」とは恥ずかしくて言えない誰もが知る名作をこっそり読む本連載。前回に引き続き、今回もみんな大好き「アーサー王伝説」に関する小説を読んでいきたいと思います。これを読むと数分でこの作品がざっくりと理解できるはずです。マーク・トウェインの『アーサー王宮廷のヤンキー』は、一言で言うと「転生したらアーサー王の時代だった」というお話。

小説の始まりに、著者による「ちょっとばかり解説を」という章があります。曰く、この話はそもそもマーク・トウェインが出会った「奇妙な男」が書いた日記であり、それをトウェインが読んでいるという形で進行していきます。

「このおれがおかしくなっちまったのか、それとも何かとてつもないことが起こったか、どっちかなんだ。なあ坊や、正直に包みかくさず教えてくれ、ここはいったい、どこなんだ?」
「アーサー王の宮廷です」
 わたしはしばらく待った。そのあいだに相手の言葉がぶるぶるっと腹の底へ落ちこんでいった。やがてわたしはこう言った。
「で、おまえさんの考えによるとすると、今は紀元何年ということになるんだね?」
「五二八年――六月十九日です」

と、冒頭から奇妙な男=主人公のハンク(アメリカ人ヤンキー)がアーサー王の時代にやってきてしまったことが明かされます。ある種の「異世界転生」ものなんですよ!

この作品の初版は1889年。ちなみにマーク・トウェインとほぼ同じ年に生まれたとされるのが、天璋院篤姫、坂本龍馬、福沢諭吉。明治時代の人もすでに異世界転生ものを書いていたって、なんか親近感沸きませんか?
ハンクは、もしここが本当に西暦528年つまり六世紀なら、この王国で一番知識を持っているのは自分のはずだから、この国のボスになってやろうと決心します。現状把握能力高すぎるっていうか逞しすぎる。

4月3日(水):第六章 日蝕

不審人物として牢屋に入れられていたハンクだったが、この年の今時期に「日蝕」があったことを思い出します。彼は火あぶりの刑になりそうだったのを逆手にとって、「自分が処刑される時間帯に世界中を真っ暗闇してみせよう」とうそぶく。けっこう賢いぞハンク! 予言通りに太陽が陰り、恐れをなしたアーサー王は言います。

 

「いかなる条件なりと申されよ。たとえわが王国を半分よこせと申されてもかまわぬ。しかしどうかこの禍だけは追い払い、太陽をご容赦ねがいたい!」
 これでわたしの財産はできた。すぐにでもその条件をのみたかった。しかしいくらわたしでも日蝕をとめることなど、できるものではない。

じゃあ、とことん利用しちゃうぜ!というノリでアーサー王に条件を出すハンク。

「あなたはこのまま国王としてあなたの国全部を治める。そして王の持つべき栄光と名誉はすべてお受けになる。そのかわり、わたしを終身の大臣兼行政官に任命する。そしてわたしの任務に対し、現在の歳入額を上まわる実収益の一パーセントをわたしに与える」

策士ですよね。でも、こういう条件をきちんと相手に約束させるのが、なんかアメリカ人らしいというか西洋文化らしい。日本だとわりとなあなあになってきちんとしない気がしますもんね。あと、「異世界転生もの」で最初にクリアするべき「主人公がその世界で衣食住に困らない理由」もこれで確保。基礎的な部分をきちんと設定できている印象を覚えました。

4月4日(木):第九章 トーナメント

みんなをある程度のところまで引っぱっていったら、新聞を発行してやろうと思っていたからだ。(中略)新聞は死んだ国民に対する墓場からの呼びかけなのだ。このことを忘れてはいけない。それがなければ死んだ国民をよみがえらせることはできないのだ。

わたしは、自分でこれまでやりとげた仕事にじゅうぶん満足していた。あちこちの、静かな人目につかぬ場所で、あらゆる種類の産業をはじめていたのだ――それは将来の巨大な工場の土台であり、わたしの計画している未来の文明の鉄と鋼の伝道師なのだ。

未来人であるハンクは十九世紀の知識を駆使して、新聞や工場や電話など、六世紀にはないものをこっそり作っていきます。また、考え方もリアリストですね。
この辺りで「円卓の騎士たちが聖杯を探しに何年か旅に出る」みたいな話もちらっと出てきます。前回取り上げた『中世騎士物語』もリンクしてきますね。同じ頃、ハンクはサンデーという女性と、男女ふたりで冒険の旅に出るという流れになってきます。

十九世紀のアメリカ人であるハンクが六世紀のブリテン王国で暮らしていると、王様や身分の高い人にとって召使いは所有物であり、人権などないことが気になってきます。ハンク自身はふつうのヤンキーだったわけですが、六世紀の人々と比べるとさすがにすごくリベラルな人に見える。こういうズラし方も、登場人物のキャラクターを立たせるのに重要なのかもしれません。

4月6日(土):第二十二章 聖なる泉

今日は『キャプテン・マーベル』を劇場で観ました。翻訳者・斎藤真理子さんのお話にでてきた「ベクデル・テスト」について考えさせられました。六世紀を舞台にしたアーサー王伝説は、どうやってもベクデル・テストを突破できなさそうです。

二十二章で、ハンクは「聖なる泉」を未来の技術で再生させます。
数年前にイギリスに行った際に、グラストンベリーにある世界でも有名なパワースポット「聖ミカエルの塔」に行きました。聖杯伝説とアーサー王伝説で有名な場所で、麓には「チャリスウェル(聖なる泉)」という泉が湧いていました。当時、撮った写真がこちらです。


4月9日(火):第三十四章 ヤンキーと国王、奴隷として売られる

ハンクはアーサー王に農民の格好をさせて、市井を見せようとします。前半でのサンデーとの旅もそうなのですが、個性の異なる二人がいることで物語に起伏ができて、それぞれのキャラクターがはっきりと浮かび上がってきます。バディものとしてもおもしろく読める展開が続きます。(バディものについては、#バディ小説大賞 に関する過去の記事に詳しいのでオススメです。)

あと、やっぱりこういう展開になると「普段の身分では味わうことのない出来事が起きる」のがセオリーですね。著者のマーク・トウェインが、差別や人権を強く意識しながら書いていたことが伺えます。

わたしたちは、ひと月ものあいだ苦しい思いをしながらあちこちを流れ歩き、苦労を重ねていた。そして、そのときまでに奴隷問題にいちばん関心をもったイギリス人は誰だったろうか? それは畏れ多くも、国王陛下だったのだ! じつに、彼はいちばん無関心であった者から、いちばん関心をもつ者になっていた。この制度を憎み、わたしが耳にしたなかではいちばん激しく批判する者となっていた。

4月10日(水):第三十九章 ヤンキーの、騎士たちとの戦い

前半部分で因縁があり、決闘を申し込んでいたサー・サグラムアからの挑戦がハンクの元に届きます。サー・サグラムアの武器や甲冑には、あのマーリンが魔術を注ぎ込んでいたので、この決闘は国中の話題に。ハンクとマーリン、二大魔術師の事実上の知の決勝戦を多くの人が期待します。
しかし、いざ、決闘が始まると……カウボーイスタイルのハンクが放った投げ縄によって、サグラムアは馬の鞍からすっぽり引き抜かれてしまいます。ハンクが勝利をおさめ、観衆は「アンコール!」の大歓声。

この決闘に駆けつけていた多くの騎士たちがハンクに挑戦する権利があり、名乗りを上げた騎士たちとの騎士道vsカウボーイバトルが始まります。次々と投げ縄を披露するハンクの前に立ち塞がる、最強の騎士・ラーンスロット、マーリン、そして再びのサグラムア。ハンクとの最後の一騎打ちが始まります。

わたしは一インチも動かなかった。やがてその大地を轟かす幻影が前方十五歩たらずのところに近づいた。と、そのとき、わたしはすばやくドラグーン・リヴォルヴァー(竜騎兵の使用するピストル。最初ハートフォードのコルト兵器工場で作られた)を鞍の皮袋の中から取り出した。閃光と轟音。そしてリヴォルヴァーはもとの皮袋に収まった。いったい何が起こったのか、誰にもわからぬうちにだ。

その次の第四十章では三年後になっていて、

奴隷制度は効力を失い、姿を消していた。人は誰でも法の前では平等だった。税金も平等に課せられるようになっていた。電信、電話、蓄音機、タイプライター、ミシン、それに一千にものぼるきさくで便利な召使ともいうべき、蒸気や電気で動く道具類が、みんなから寵愛されるようになっていった。

思いっきり歴史が改変されてる! 
しかも、サンデーとの間に子供はいるし、野球まで始めちゃいました。この辺りがヤンキーなのか、アメリカ人っぽい。

4月13日(土):第四十四章 クレランスによるあとがき

最後の章の語り手は、ハンクの片腕として新聞を発行したり、編集者的な才能を発揮していたクレランス。怪我に倒れたハンクを看取った人物です。物語のラスト、老女に化けたマーリンは死の際にいるハンクに「奴はいま眠っており――そしてこれから十三世紀のあいだ眠りつづけるのじゃ」と告げるのです。マーリン、まじ魔術師なの?

そして「M・Tによるあとがき」に続きます。「日記」を最後まで読み終わった「M・T」は、冒頭に出会った「奇妙な男」の元を訪ねます。すると奇妙な男は宙に向かって「サンデー、サンデー」と繰り返し話しかけながら、そのままこと切れるのでした。

「円卓の騎士」がほぼ活躍していない気はしますが、『アーサー王宮廷のヤンキー』は、書き手が自分の好きな世界でどれだけ自由に遊べるかに挑んだような作品で、「楽しんで書けばいいんだ」という作者の決意が強く伝わってくる作品でした。この小説を読むと、楽しんで書く勇気をもらえるはずです。

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