小説レビュー review

第二回 魅惑のヒロイン

峰不二子からサエコさんまで 日本のファム・ファタール

三宅 香帆

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峰不二子とファム・ファタール

日本での「ファム・ファタール」幻想のひとつの金字塔といえば、『ルパン三世』(モンキー・パンチ、双葉社)の「峰不二子」だろう。

と、峰不二子の話をする前に、今回のテーマ「ファム・ファタール(運命の女)」の説明をしよう。フランス語でFemme fatale、小説や映画のなかにでてくる、運命的な女――の意味から転じて、男を滅ぼす悪女、のようなイメージで用いられる、キャラクター類型の言葉だ。

「サロメ」「楊貴妃」「ナオミ」――古今東西の物語を見てみても、「男を破滅させる女」はいつの時代も大人気である。美しく、気高く、しかし男の身を滅ぼすほどに欲望が強く、だからこそ、そばにいると男が悪い運命に導かれるような女。
おそらくあなたも、一度はこの「ファム・ファタール」の類型をもったヒロインを読んだことがあるはずだ。

たとえば峰不二子。
シルエットから振る舞いに至るまで、「峰不二子的な存在」といえば私たちの頭の中にはなんらかのイメージが想定される。セクシーな身体。赤い唇。切れ長で睫毛の長い瞳。ゆらりとしたフォルムの髪型。鼻の高い横顔。ぴたりとした服装。そして誘惑的な台詞。アクションもお手のもの。なんでもないような顔で味方を裏切る、悪い女。私たちは、「峰不二子」といえば、セクシーで悪女、だけど魅力的なイメージを思い浮かべることができる

漫画『ルパン三世』の連載が1967-1969年だ。連載完結から50年たったいまなお、「峰不二子的ファム・ファタール」は日本のセクシー・シンボルとして立ち続けている。
しかし、それを踏まえたうえで私はこんな仮説を立てたい。「日本のファム・ファタールはいかに『峰不二子』的な造型からずれるか、試行錯誤してきた」のではないか、と。

日本的なファム・ファタール

セクシーさ、というのはどうにも扱いが難しい。なぜなら、ともするといかにも男性が好きそうな女性像そのまんま、というチープなキャラクターになってしまう可能性を秘めている。いやもちろん男性がホントに好きならいいんだけどさ、あなただって「ほらこういうセクシーなお姉さん、好きでしょ!?」とどこもかしこも同じようなキャラばかり出てきたら、食傷気味なるでしょー!?
ものすごくセクシーな身体じゃなくても、自分から主導権を握る女性でなくても、「男性を魅惑し、狂わせるヒロイン」は見つかる。そしてそれは、時代の要請に応じてキャラクターを変える。

たとえば、80年代バブル世代少女漫画の金字塔『サード・ガール』(西山しのぶ、スタジオシップほか)に登場するヒロイン美也、「買い物好きのファム・ファタール」である。大人のお姉さん、歯科医との不倫経験あり、アパレル会社に勤めるお洒落でうつくしい彼女。

読んでみるとわかるのだけど、「うーむ、さすがバブル時代のファム・ファタール」と感心してしまうほど、彼女は男性に化粧品や服を買ってもらう。既婚者である恋人に靴を買ってもらい、「はかせて」と呟く場面まである(うう、なんというバブルのかほり! とってもいい場面なのでぜひ読んでください。おしゃれが好きな女性なら必読)(ちなみに単行本4巻所収)。

しかし90年代になると、すこしファム・ファタールの気色は変わる。90年代のニューヒロイン『新世紀エヴァンゲリオン』(GAINAX、1994年~)の綾波レイは、いうなれば「ナイーブな男性のためのファム・ファタール」。彼女はじっと主人公を見つめ、「あなたは死なないわ、私が守るもの」と言う。
綾波レイのファム・ファタールっぷりについては私が説明するまでもないが、なかなか今までの作品では見られなかったヒロインっぷりである。これまで敵だか味方だか分からない60・70年代のヒロイン峰不二子から、80年代の買い物好きな美也と比べてみると、90年代のヒロイン、だいぶ男子がナイーブになってる前提やん! 買い物でもなくもはや女性が守る側やん! とツッコミを入れたくなる。

00年代、そして現在のファム・ファタール例

……と、こんな話をしておいたところで、00年代、10年代のファム・ファタールを見てみたい。私が挙げたいのは、ドラマも流行した少女漫画『失恋ショコラティエ』(水城せとな、小学館、2009年~)のサエコである。
峰不二子の時代からは遠くに来たねぇ……」と思う人で、キーワードは「身近なファム・ファタール」だ。
このヒロインは、石原さとみさんが主演したドラマ(2014年)にて男女両方から人気を博した。主人公がずっと失恋を続ける魅惑のヒロインである。

従来、異性から好かれるために計算して「あざとく」振舞う女性キャラクターは嫌われる、というのが通例だった。峰不二子のようなセクシーで主体的なキャラクターなら憧れもするが、いわゆる「ぶりっこ」と言われるような、男性の好みであることを主軸に置き、それによってモテている女性像、というのは、男性人気を得ても女性人気を得ることはできない……というのが通常であった

が、『失恋ショコラティエ』では、だんだんとヒロイン・サエコの恋愛観や振る舞いの計算高さが肯定的に描かれることとなる。例えばあまり異性から好かれることのない薫子は、サエコのことを最初は否定的に見る。「イライラする」と頻繁に呟き、あまり好きでは無い様子を隠さない。しかし、展開が進むにつれ、薫子がサエコに恋愛指導をしてもらう……という場面から、薫子はサエコの発言を受け入れるようになり、むしろ薫子自身の成長に繋がるような描写が出てくる

おそらくこれは『失恋ショコラティエ』の読者のサエコへの印象と重なっている。というのも、薫子と自分を重ねることで読者自身もまた、「普通のモテる女性キャラクター」であったサエコへの印象が、「自分もまねしたいようなモテる女性」へ変わっていくように『失恋ショコラティエ』の展開は進んでいるのである。
実際、サエコをドラマで石原さとみさんが演じた際には、たとえばコスメを熱心に愛する女性たちの間でもSNSを中心に人気が爆発することになった。もちろん石原さとみさんのミューズ性もあるが、同時にサエコという女性が2010年代の女性にとって憧れとなるキャラクター造形だったからでもあるだろう。

そしてファム・ファタールは永遠に

峰不二子の時代から遠くにやってきて、手の届きそうで届かない身近な女の子がファム・ファタールになる時代である。

だけどそう、お気づきかもしれないけれど、ファム・ファタールは常に「男性の理想」と「女性の憧れ」の間を揺れている。男性からみれば、こんな女性が好きだけど身近にいたらちょっと怖い。だけどやっぱりいてほしい。女性からみれば、男性から好意を寄せられるほど魅力的な女性像には惹かれるけれど、媚びる女性ではありたくない。そんな矛盾を抱えた「魅惑のヒロイン」は、男性視点と女性視点の双方を行き来する。

だからこそ、ファム・ファタールは身近な存在になったり、だけどやっぱり遠くの憧れであったりする。私たちの次のファム・ファタールはどこへ行くっていうんだろう?

(タイトルカット:ゆあ

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