小説レビュー review

第三回 不思議ちゃんヒロイン

涼宮ハルヒが変えた不思議ちゃんヒロインの系譜

三宅 香帆

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不思議ちゃんヒロイン、といえば思い出すのは?

「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい」(『涼宮ハルヒの憂鬱』)

この台詞を言い放ったヒロインがたくさんの思春期をつかまえてしまった2006年春。1)原作小説『涼宮ハルヒの憂鬱』刊行は2003年、テレビアニメ初回放送は2006年4月 から、遠く13年も経ち、2019年になってしまった。2019年、私たちのもとへ届いたのは『涼宮ハルヒの憂鬱』をはじめとするたくさんの物語を生んだ京都アニメーションについてのとてもとてもかなしい出来事だったのだけど、それは今回胸にしまっておいて、まずは「涼宮ハルヒ」が生んだ不思議ちゃんヒロインの系譜について話してみたいと思う。

不思議ちゃんヒロイン。というと、たとえば1990年代にぱっつん前髪におだんごヘアで喋り「シノラー」ブームを引き起こした篠原ともえを思いつく方がいるかもしれないし、たとえば2004年映画公開『下妻物語』2)小説は2002年刊行『下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃん語』(獄本野ばら、小学館) の深キョン演じるゴスロリ少女・桃子を思い出す方もいるかもしれない。
マイペースで、自分の世界が強くて、発言が「不思議だな」と思える女の子像。それがいわゆる不思議ちゃん、と呼ばれるキャラクターだ。篠原ともえや桃子といった、不思議ちゃん、と呼ばれる女性たちは、フィクション・ノンフィクション問わず2000年代以前も登場していた。

しかし、2000年代後半――つまりは2006年にアニメが始まった涼宮ハルヒの登場をもって、「不思議ちゃん」ヒロインは一点その様相を変化させる。それは、「不思議ちゃんが相対化されずにヒロインになる」ことだ。
相対化、とは何かといえば、「不思議ちゃん以外の存在からのカウンターとしての不思議ちゃん」であるということだ。

差異のなかでかがやく「不思議ちゃん」

松谷創一郎著『ギャルと不思議ちゃん論』(原書房)という名作文化批評があるのだけど、この批評の何が名作って、いわゆる不思議ちゃんヒロインがいかに「ギャル」のカウンター的存在として生まれてきたか、を解説していることだ3)いやもう名作すぎるからみんなに読んでほしい、そんな読み筋があるなんて知らなかったよ、と思うくらい、昨今の少女文化に対する明瞭な補助線を見られるので!

どういうことかといえば、たとえば「篠原ともえ」というキャラクターは、当時流行していた「コギャル」というキャラクターに対する明確な差異化があったからこそ、あれほど流行したのだ、という。
そう考えれば、たしかに『下妻物語』の桃子も、土屋アンナというヤンキーとのダブル・ヒロインである。ううむ、不思議ちゃんヒロインは、ギャルやヤンキーの対比としての存在でしかないのか。

象徴的なのが、『別冊マーガレット』で2006年1月から連載を開始した『君に届け』の主人公・爽子である。一見、高校時代のクラスメイトとの恋愛や友情を題材とした「少女漫画の王道」とも言える漫画だけれども、主人公の爽子が純粋無垢すぎるあまり「不思議ちゃん」と化すような振る舞いが特徴的な漫画である。

しかし彼女にはヤンキーやギャルの友人女子キャラクターができるようになる。漫画の構造として、なんで彼女の友人がヤンキーやギャルだったのかといえば、松谷氏の『ギャルと不思議ちゃん論』が説明するとおり、「不思議ちゃんは、ギャル・ヤンキーとの差異化によって際立つ」存在だからだ4)松谷氏はスクールカースト内での女子関係を描いた漫画として『君に届け』を紹介している(『ギャルと不思議ちゃん論』p347)が、女子関係というよりも『下妻物語』と同じ構造の、不思議ちゃんとギャルの物語として読める……と思う。

ハルヒが変えた、単独ヒロインへのブレイクスルー

……と考え、「結局は不思議ちゃんヒロインって相対化されないといけないっつーか、単独ヒロインになることはないの!?」と疑問に思ったところで、涼宮ハルヒを思い出したい。なんと原作小説の刊行は2003年6月、『君に届け』の3年前である。
涼宮ハルヒは、不思議ちゃんヒロイン界における革命を起こし、まあつまりは「不思議ちゃん単独ヒロイン」になってのけたわけである。
もちろんハルヒの周りには長門やみくるといった女子友人キャラクターは存在するものの、もはや相対化することのない個性として、ハルヒは君臨する。

あまり指摘されないけれどこれって大きなブレイクスルーポイントだったのではないかと私は思っていて。たとえば2012年に紅白初出場する「きゃりーぱみゅぱみゅ」という一人のキャラクター、というかもう「不思議ちゃんヒロイン流行の頂点では」とおののいてしまうヒロインの登場にも繋がっているのではないか、と解釈できる。

きゃりーぱみゅぱみゅは2009年に『KERA』に読者モデルとしてデビューし、『Zipper』等のいわゆる「青文字系」のヒロインとして登場した存在である。「青文字系」というのは女性ファッション誌の「赤文字系」(『CanCan』をはじめとする男性ウケするファッションを紹介する雑誌たちのことだ)の差異化としての単語だ。
きゃりーぱみゅぱみゅだって最初はかわいいギャル達の対比としての存在だった……のだけど、モデルという枠に留まらず、アーティストとしての存在感を増してゆく。つまり、「赤文字系」の対比としてのヒロイン像ではなく、単独のヒロイン、誰の相対化も必要としない「不思議ちゃん」文化のアイコンとなってゆく。

そこには涼宮ハルヒの存在が影響していたのではないか……と言うのは「考えすぎだよ」とツッコミを受けるかもしれないけれど。だけど、不思議ちゃんが不思議ちゃんのまま、誰かの逆反射としてではなく、単独で誰かにとってのヒロインになり得ることを示したのは、涼宮ハルヒが初めてだったのではないか、と思える。

誰かの否定ではなく、自分や他人を肯定するための、「不思議」という戦略。それは周りから見たら、周囲に溶け込まない「不思議」が目につくのだろうけれど、その裏には、たとえば涼宮ハルヒのような「自分の世界への肯定」が存在している。

(タイトルカット:ゆあ

   [ + ]

1. 原作小説『涼宮ハルヒの憂鬱』刊行は2003年、テレビアニメ初回放送は2006年4月
2. 小説は2002年刊行『下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃん語』(獄本野ばら、小学館)
3. いやもう名作すぎるからみんなに読んでほしい、そんな読み筋があるなんて知らなかったよ、と思うくらい、昨今の少女文化に対する明瞭な補助線を見られるので!
4. 松谷氏はスクールカースト内での女子関係を描いた漫画として『君に届け』を紹介している(『ギャルと不思議ちゃん論』p347)が、女子関係というよりも『下妻物語』と同じ構造の、不思議ちゃんとギャルの物語として読める……と思う。

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